「もっと優しい旅への勉強会」定例会報告

2005年12月 定例会の報告
第1回 もっとやさしい旅フォーラム
「旅の〝ヨロコビ〟と〝HAPPY〟をすべての人に」

【日時】  2005年12月24日
【主催】 もっと優しい旅への勉強会
【後援】 東京都社会福祉協議会
【協力】 クラブツーリズム株式会社

来年で15周年を迎える勉強会の「新企画」。これまでの活動によって培われた成果・考察等を定期的・継続的にアウトプットしていける取り組みを、今後の定例会の柱のひとつとして加えます。そして、より多くの参加者や関係者が、それぞれの立場の違いや利害に関係なく集い、「勉強会ならでは」の希少性の高いコミュニケーションの場および情報流通の機会を創っていきます。
「旅を楽しむ権利」はだれにでもあり、とりわけ、旅をすることが比較的困難と思われる高齢の方、障害のある方にとっての快適な旅は、その人の生活に大きな「ヨロコビとHAPPY」をもたらします。
そして、この「ヨロコビとHAPPY」は、旅をする本人や同行者のみならず、「旅を受け入れる側」、つまり旅行・観光業界に従事する人たちをはじめ、旅づくりにかかわるすべての人が享受できるものです。第1回「やさしい旅フォーラム」では、ここに集う人たちが、ユーザー側・つくり手側といった立場や利害の垣根を超え、互いの立場から得た「『ヨロコビとHAPPY』の体験談」を披露し、展望について考察しあう場とします。そして、こうしたコミュニケーションの場によって、相互理解の構築や情報の好循環がはかれるよう、イヴの日にふさわしい本会ならではの「HAPPY Xmas」を演出します。

プログラム

09:30
会場(受付開始)
10:00
開会 主催者代表あいさつ  草薙 威一郎 氏 (当会代表)
10:15~12:00
●セッション1  基調講演
「人が、旅行会社が、そして社会が『〝ヨロコビ〟と〝HAPPY〟』を感じる旅」
講師
伴流 高志 氏 (当会副代表、クラブツーリズム社勤務)
伴流氏がこれまで一緒に旅行にいらっしゃった皆さんに、アンケート形式で事前に伺い、その返事をパワーポイントにまとめられました。まさに旅の〝感動〟の発表に会場の皆さんから大きな拍手が湧き上がりました。
12:00~13:15
休憩 (昼食)
13:15~15:00
●セッション2  パネルディスカッション
パネラー
丹羽 叡 氏 (旅行サポーター、当会会員、トラベルサポーター)
松本 明 氏 (ホテル業、当会会員、アライリゾートマネージメント社)
小野 鎭 氏 (人材育成・教育、当会会員、駿台トラベル&ホテル専門学校ユニバーサルツーリズム学科長)
張  悦 氏 (留学生、当会会員、日本社会事業大学3年生)
神戸 護 氏 奥様 (旅行ユーザー)
コーディネーター
室井 孝王 氏 (当会会員、ANAセールス社)
旅を通じて感動したこと、旅を提供してお客さまに喜んでいただいたこと、教育や海外事情との比較などに携わりそこで感じたことなど、会員の方を中心に語っていただき、そこからテーマについて検証・考察・発表していただきました。
15:30~17:00
●セッション3  みんなで参加! 公開質疑応答
講師
会場のみなさん全員
ナビゲーター
中子 富貴子 氏 (当会会員、JIC旅行センター社)
冨吉 貴浩 氏  (当会会員、JTB社柏支店)
橋本 由美 氏  (JTBトラベランド社、東日本事業部)
「知りたいこと」「聞きたいこと」「私はこう思う」など、事前に意見や質問を質問フオ-ムで提出していただき、会場の皆さんから回答をいただきました。勉強会フォーラムならではの、ヒントや答えが会場から飛び出しました。ナビゲーター進行のもと、全員参加型の本音トークが展開されました。
17:00
閉会のあいさつ 黒嵜 隆 氏  (当会副代表、弁護士)

総合進行司会 吉田 岳史 氏 (当会事務局長)

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主催者代表あいさつ  草薙 威一郎 氏 (当会代表)

皆さま、おはようございます。今日はクリスマス・イヴですが、心配しておりました天気もこのように素晴らしい天気となり、今日は一日、フォーラムどうぞよろしくお願いいたします。

本日は事前申込みが60名、スタッフを加えますと70名、当日参加の方がいらっしゃいますので、もう少し増えるかと思います。遠い所からですと、静岡、新潟、九州からもご参加いただいていると伺っております。旅行サービスを提供している旅行会社の方、ホテル・旅館の方、タクシー、航空会社の方々と共に、教育関係の方、福祉関係の方、障害をお持ちで元気に旅行に行かれる方、研究されている方など、様々な方にご参加いただいております。

私どもの〝もっと優しい旅への勉強会〟はご案内の中にもありますように、1991年、14年前に発足以来、〝だれでも〟〝自由に〟〝どこへでも〟を合言葉にして、毎月定例の勉強会を重ねております。今日のセッションのテーマは『旅の〝ヨロコビ〟と〝HAPPY〟』になっております。

私なりに〝HAPPY〟とはどういうものなのかをお話します。今まで冒険と言われていたバリアフリーの旅行も、まだ大変でしょうけど、誰でも行けるようになり、〝ヨロコビ〟を見出せるような時代になってきたと思います。今回のフォーラムは勉強会の若いスタッフの方が、事前の打ち合わせから準備をしテーマ設定も考えてくれました。旅行に行かれる方は、元気に外に出られて旅の楽しみを享受できるという事自体が楽しみだと思います。旅行を支える方としましては、イギリスのバートランド・ラッセルという人が「幸福とは他人も同じく幸福な様子を眺める事に自らの身をゆだねることである」と言っていますように、お世話するほうも旅行に行かれる方が幸せであるのと同じように幸せになれると感じていることを、一緒に本日のフォーラムで確認をする事になると思います。

本日この会場を提供してくださいました株式会社クラブツーリズム社、スタッフの皆さん、その他多くの方々に主催者を代表いたしまして御礼申し上げます。ありがとうございました。(拍手)

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セッション1  基調講演
「人が、旅行会社が、そして社会が『〝ヨロコビ〟と〝HAPPY〟』を感じる旅」

●講師  伴流 高志 氏
(当会副代表、クラブツーリズム社勤務)

会場正面に伴流高志氏が立ち、両サイドにスライドが設置されており、音楽と共に
スライドによって旅に参加された喜びと笑顔いっぱいの写真が次々に写しだされました。


皆さんこんにちは! ご紹介いただきました伴流高志と申します。現在はクラブツーリズム社、現在は人事部に勤務しております。本日は様々な経験をされていらっしゃる方が多くお見えになられている中で、お話しさせていただくことは大変恐縮でございます。
本日は「人が、旅行会社が、そして社会が『〝ヨロコビ〟と〝HAPPY〟』を感じる旅」についてお話しさせていただきますので、宜しくお付き合いの程お願いいたします。

本日は大きく分けて三つのことについてお話しさせていただきます。
ひとつはお客様、実際に参加する高齢者の方、障害をお持ちの方、ご本人とご家族にとっての〝ヨロコビ〟と〝HAPPY〟を感じる旅とはどういうものなのだろう。
ふたつめが旅行会社にとっての〝ヨロコビ〟と〝HAPPY〟を感じるの旅とは何だろうか。旅行会社というよりは、働いている私どもスタッフについて。
みっつめはトラベルサポーターについてです。私どもの障害をお持ちの方のパッケージツアーに関し、1人で旅行に参加されるお客様で旅に不安を感じている方に対して、私どもの会員であり、お客様である方なのですが、ホームヘルパーの資格を持った会員の方に声を掛けさせていただき、旅のお手伝いをいただくという仕組みを新しく作りました。今年から生まれ変わった制度ですが、今日も何人かの方にお越しいただいておりますが、トラベルサポーターにとっての〝ヨロコビ〟と〝HAPPY〟を感じるの旅、この三つについてお話しをさせていただきます。私も現場におりましたので、現場の立場に立って具体的にお話しさせていただきます。

最初に、ご高齢の方、障害をお持ちの方にとっての〝ヨロコビ〟と〝HAPPY〟を感じるの旅についてお話しいたします。

最初のスライドに映されていらっしゃる方は、本日お越しいただいております神戸(かんべ)ご夫妻です。実際に私どものツアーに参加いただいているお客様の写真です。
このフォーラムで、お客様にとって〝ヨロコビ〟と〝HAPPY〟と感じる旅について発表するにあたりまして、私からただお話ししてもあまり説得力がないと思いましたので、今回は4組のお客様にこの企画についてアンケートを取らせていただきましたので、具体的にご紹介しながら第一部は展開したいと思います。

今回4人の方にお話しを伺ったのですが、最初の方はHさんです。ご主人様が筋肉の病気、筋ジストロフィーの方です。進行性の病気です。右上の写真はクラブツーリズムに出会う前の写真です。その後参加していただいた順に写真を並べてあります。だいたい奥様と一緒にご参加いただいています。

アンケートには11項目あり、ひとつめが〈バリアフリー旅行に出会う前はどうでしたか、障害を持つ前はどうであったのか〉について伺い、次いで〈バリアフリー旅行に出会ってどのように変わったか〉、〈将来の夢・希望はどのようなものなのか〉を伺っておりますので、画面と共にお話ししてゆきます。

H様は最初の質問、〈バリアフリー旅行に出会う前の旅行について聞かせてください〉についてお聞きしました。病気をされる前ですが、H様の発症時期は不明だそうで、症状が現れ始めたのが39歳頃でした。35歳頃から運動機能が低下していったとのお話しです。ほとんどの場合が奥様と二人旅、現在もほとんどお二人で旅に参加されていらっしゃいます。当然ツアー等ありませんから、公共交通機関を利用し自分達の手作りで近場を旅行されたそうです。これは症状が進んできてからの写真ですが、病気をされた後となっておりますが、旅の形態は変わらないのですが、43歳で手動運転装置付きの自動車を購入され、もう少し遠方へも足を伸ばすようになりました。症状が進む前、ご自身で歩行が可能なときは公共交通機関も利用できたのですが、歩行がかなり困難になってきて、今は交通バリアフリー法によってエレベーターやエスカレーターが出来て使い勝手は良くなったとは申しましても、当時はまったくありませんでしたので、運動機能の低下とともに交通公共機関を利用できなくなりました。その代わりにマイカーを手に入れ、救われたとおっしゃっていました。実際に病気が進行して行くにあたって、どう感じられましたと伺った所、「もう遠出はできない、まして海外旅行なんてとても、とても」とおっしゃっていました。

私どものバリアフリー旅行の存在を、親戚の方から教えてもらい、まさかと思ったそうです。平野さんにかぎらず多くの方が同じ様な印象を感じられるようです。実際に参加されての感想を伺いました。最初は2003年ハワイツアーに申し込まれましたのですがツアーキャンセル(催行中止)となってしまいました。その後7月、北海道ツアーに参加されました。同行した添乗員はこの会場にもおります私どものスタッフである柳澤でした。「行き届いた仕事ぶりに感心し、この会社なら安心。これからも体調と財布に相談しながら参加して行こうと思う。」とお褒めの感想をいただいております。 
〈旅にでかけるようになって変わったこと〉の質問には、旅を組み入れることで、生活にメリハリができました。ツアーでご一緒した方のメル友ができて、その輪が広がりました。多くの情報が入ってくるようになりました。これは旅の情報だけではなく、普段の生活環境にともなう全ての情報が、あらゆる所から入ってくるようになり、生活環境が大きく変わったとおっしゃっていました。
〈これから行って見たい所〉 宮古島、石垣島、海外ではニュージーランド。病気をされる前と、発症後に持たれていた印象とはかなり大きく変わっていることがわかります。
〈最近行かれた観光地は〉と伺った所、奥様と一緒に横浜みなとみらいのホテルに一泊されたとのこと。気軽に出かけられるようになったとおっしゃっていました。これは個人旅行形態ですから、平野さんご自身が手配をされ、おいしい所を探して車イス用のお部屋もご自身で手配されています。このように旅のスキルもどんどん上がっていったようです。これもメル友からいろいろな情報を入手して行かれたそうです。
〈夢を教えてください〉 治療方法が確立され、若い頃大好きだった山登りに妻を連れて出かけたい。実現することを信じている、とおっしゃっていました。
〈これからのツアーについてはいかがでしょうか〉 筋肉の病気ですので、疲れが溜まってくると手に力が入らなくなったり、足腰にふんばりがきかなくなってきたりするので、お手洗いが大変になって苦労します。平野さんご自身が苦労されるだけでなく、奥様は小柄の方ですので、荷物の整理や入浴介助をされていらっしゃいますので、きっと奥様にとっても苦労されていることと推察いたします。
〈一番気をつかうこと〉 トイレ。これは私どものツアーに参加される皆さん、ほぼ全員の方が気にされていることです。
〈旅行を通して何か変わったことはありますか〉 かなり期待してお聞きしたのですが、特に感じませんとの答えでした(笑)。ご本人にとっては多分感じにくいのかなと思っております。まわりから見ている私達からですと、生活環境が変わって行く中で、旅の領域も広がり、お申込みされている旅行も距離が伸びてきており、旅行期間の長くなっているのがわかります。多分、ご自身の自信や勇気が備わってきていらっしゃるのではないかと感じております。

次のお客様はT様です。T様も同じご病気です。
〈病気をされる前の旅〉は、今でも旅行中必ず高額なカメラをお持ちになり旅されるのですが、普通の旅行ではなく写真旅行を年に数回されていました。病気発症後も回数はそれ程減ってないそうです。
〈病気された時〉は、旅は難しいかなと正直感じられたそうです。
〈バリアフリー旅行を知った感想〉は、ほとんどの方が持たれる印象ですが、バリアフリー旅行の存在は知っているのだが、本当に自分でも参加できるのかな、大丈夫なのかなという不安を感じられていたようです。
〈実際参加されてどうであったか〉の問いに対しては、スタッフに恵まれたためか、皆さんにスタッフについて褒めていただいているのですが、これなら旅に出かけられると思ったとおっしゃっています。旅行から帰ってくると、次はどこに行くかなと考えるとあります。この旅で最後にしようと宣言してツアーに申込みされる方が結構いらっしゃるのですが、帰りの飛行機では、今度はどこへ行く?という会話をあちらこちらで聞く事ができます。多くの方がその後も旅行に参加されています。
〈旅に出かけるようになって変わったこと〉、参加者、他のお客様が障害を持っていてもバイタリティーに溢れ、自分も頑張らなければとあります。おおよそ旅に出かけられるスキル、自立度は障害の重さではなく、経験によっての慣れ等もあります。実際に一緒にツアーに参加され、ご自身よりも運動機能が重度のお客様が、積極的に参加されている姿を見て、そのような印象を持たれる方が多いです。このことは添乗業務をしておりまして強く感じることです。
〈これから行ってみたい所〉、ヨーロッパ、オセアニア、カハラとあります。進行性のご病気をお持ちということで、出来るだけ早い段階に長距離、遠い所から行っておきたいというご希望です。ヨーロッパはニュージーランドにいらっしゃいました。
〈夢を教えてください〉、ご主人にお聞きしました所、いつでも元気に旅行を楽しみたい、少し体調が良くなって奥様の負担を減らせればいいなぁ、と考えていると答えられました。
〈困ったことは〉、トイレ、お風呂、お部屋の割り振りが困ったとのことです。田村さんの気を使う事は、奥様のほうが小柄な方であるため、奥様の体力的な負担とおっしゃっていました。

次はI様です。長野市にお住まいの方です。この方も多くのツアーにご参加いただいているお1人です。
〈病気をされる前の旅はどうでしたか〉、文章をそのままお読みします。『結婚してから365日働き蜂の如くで、平成6年3月にお父様を看取ってから、仕事の関係で同業者の社長さんご夫妻と海外旅行に出かけるようになり、それまで会社の旅行ではいつも留守番役の私には、目の前がいっきに広くなり、各国様々な文化にふれて、そこに生まれてそこに住んでいた小さな範囲しか知らなかったけど、外から見た日本の新鮮味を見ました。友達とも中部地方、関東地方、イタリア、台湾と行きましたが、健康であったので何の不自由もなく、気ままな旅を楽しみ、思い出作りの仲良し旅の範囲の旅行をしていました』とあります。普通の楽しい旅をされていました。
〈旅で困ったこと〉、についても、一般のお客様が感じることと同じで、外国語がちょっと、であることや、いろいろな所を案内されましたが記憶に残っていないと普通の感想が書いてあります。
〈病気をされた後の旅〉については、『親友がまだお母様の看病されている時に、私が生死をさまよう程のとびっきり上等な病気になり、4年間と少しの病院生活から出てきた時には、体の自由を失っていましたが、親友も肩の荷がおりていましたので、悔いを残したくないと相談して、他に3人の仲間を誘い込んで、知り合いの旅行会社に是非行きたい所と、日にちを指定し、私のからだを見てもらって計画していただきました。当時は松本空港から行きましたが、小さい時からの気心を知り尽くした仲間なので、4泊5日の旅は心身共にリラックスできて、多分こんなに楽しい旅は今後できないだろうと思うほど夢のような旅でした』。お仲間がいて、他の方とは違ってスムーズに旅に出かけられています。
〈困ったこと〉、については、『お手洗い。最初の宿に着いた時に皆でビックリ仰天。あんなに頼んで、車イスの私のからだの状態を見ていただいて説明したのに。親友は携帯電話で旅行会社に連絡を取りましたが〝すみませんが、探したのですが、無いのですよぉ、、、〟とつれない返事。段差どころか入口が狭くて車イスが入れないのです。その上、どこにも車イストイレがなく、友だちが抱えてくれ、宿は4泊全滅。旅行会社とは、自分の所が一番とふんぞり返っている所ですよ。詳しいのではと、知っている部長さんにお願いした私達がいけなかったと泣き寝入り。でも5日間つきあってくださった北海道の運転手さんは、障害者の方を何度も案内した経験があり、ほとんど車イスを押してくださりとても助かりました。後輪を使い押すので、私はからだの痛みが少なく、押す運転手さんは大変だったと思いますので、感謝でいっぱいです。』 ということです。
〈病気をされた時の旅に対する思いを聞かせてください〉 の問いに対しては、『風邪を引いても寝込んだことが無い私が、二ヶ月の昏睡状態から生まれ変わった時は、1年間声も出ない状態と、からだ全体の激痛です。からだの自由がすべてなくなり、車種を選ばず、道路を選ばずの運転も過去のこととなり、勿論旅どころではありません。手も何も持てないのです。旅を楽しみ手習いを楽しみ、勉強し始めていた点訳、手話とも少しは不自由な方への恩返しと考えていた矢先の病気です。何もかも諦めていただけで、悔しくて幾晩枕を濡らしたことか。何回カッターを眺めたことか。残念ながら命を絶つことさえできないありさまです。友人と海外旅行の積み立てをしていましたが、こんなからだでいつ果たせるのか。激痛、激痛。旅行も諦め、考えるのは死ばかり。でも行けないことになると、旅への憧れは益々強まるばかりで、旅と死の狭間にいるような苦しい日々が続きました。』私はこの文章を読んだ時、私自身もこのような経験はありませんし、とてもリアルなお話で、旅でしかお会いしたことがなく、いつも旅行では笑顔の方でしたので、とてもショックを受けました。バリアフリーツアーの存在を知った時にどのように変わっていったのか、これからお話しいたします。
『娘が送ってくれた本の中に、バリアフリーの旅行が掲載されていました。読んでいる内に、ひょっとしたら行けるかもしれないと、今でもその時のことは鮮明に思い出されます。いきなり頁にあったバリアフリー旅行会社4社に電話をしました。その時の電話の対応が一番良く、心に響く説明と丁寧な対応に、こんな所を探していたと確信しましたね。きっと夢を叶えてくれる、あとは自分の勇気しだいと車イスになって激痛があることから、籠の鳥がはばたく瞬間でした。北海道旅行の楽しさが思い出されるけど、あの時お願いした旅行会社にはうんざりしていたし、バリアフリーのことをよく知り、かけた電話で伴流さんのお話しを伺った時には生きていて良かった、もう旅に出かけた気分でした。過去にこんなに嬉しいことがあったかしら。本当に生き返ったような気持ちでした。どこでも同じことが言えると思いますが、電話は相手の顔が見えない分、声で判断してしまいます。親切な対応とか、納得できる説明とか、いろんな面で会社の大事な顔と思うのです。今でもあの時の伴流さんの説明を受けていなかったら、バリアフリーの旅を知らないでいたでしょう。旅行を通して知り合う仲間ができなかったことを思うと、どうなっていたかを想像するだけで寒気がします。』

私もこの電話で対応した時のことを鮮明に記憶に残っております。恐る恐るお電話をいただいて、ほとんど諦めモードで〝私にも行けるのでしょうか?!〟とおっしゃっていました。しかも東京にお住まいではなく、長野にお住まいのお客様が海外旅行、国内旅行に行けるでしょうかと不安な様子でした。私もお会いしに行くことができませんし、来て頂いて状況を見させていただく訳にはいきませんから、電話でのやり取り、これが大変難しいのですが、半日くらい電話でじっくりお話しした事を覚えております。
〈実際に最初にバリアフリー旅行に参加された時の感想を聞かせてください〉 バリアフリー通信が届き、早速主人と《道東花紀行》に参加しました。添乗員さんは伴流さんでした。羽田で初めてお目にかかった時、最初の電話のイメージ通りで安心しました。何と言っても安心感を与える、この方なら安心して夢を託すことができる、こんなことが未知に向かって第一歩を踏み出す勇気をくださると確信しています。もう一度道東に行きたくなる程楽しい旅でした。又、初めてお目に掛かる仲間たちとも打ち解けて、その時の仲間とは今でもメール友達です。何を見ても感動と涙、病気になる前はこんなに感動しなかったのですが、思い遣り、一生懸命な姿、とことん楽しんでもらおうという企画、嬉し涙で一杯でした。バスガイドの山根さんにも大変お世話になりました。何より出来るのだという自信、仲間のたくさんの元気というプレゼントをいただきありがとうございました。病み付きになる予感と始まりでありました。
〈旅に出かけるようになって今井さんが変わったこと〉 という問いに対して、まず一番喜んだのは家族です。旅行できるほど元気になったと思ったのでしょう。私も出かける度に自分のからだに自信がつき、例えばスイスの時でしたが室内のトイレは手すりもないけど、お国柄と思えば自分なりの工夫もできるようになります。お互いに譲り合いの精神と知恵の出し合い、助け合い、お願いしたり感謝したり、オプショナルツアー等の参加も積極的になり、とことん楽しんでくることにしています。主人も同じ立場で奥様を看病していらっしゃる方を拝見し学ぶことが多いようです。以前より優しくなりました。旅先で会う人のさりげない思い遣り、添乗員さんの気遣い等々、障害の私を強くしてくださり、障害を持って悔やんでいた自分が旅を重ねる毎に、時には忘れているときもあり、激痛が少し緩和されたような気がします。旅に出るといつもお世話になった方々に絵葉書を出します。今さらと照れくさいけれど主人にも〝ありがとう〟と出します。自助具をつけて書くので時間はかかり、疲れます。リハビリを兼ねてセコセコと書いています。最後に、旅イコール6掛けで、この幸せを一ヶ所に少しですがカンパしています。

大変感動的な内容です。これから行ってみたい所には沢山の方面が書かれています。未知な旅行が始まったのかなと思います。あそこも行きたい、ここも行きたいと、パンフレットが出ると特にお申込みはされないのですが、ここはどのような所といったお電話をいただいています。かなり積極的に参加されていますので、前はご主人と一緒の写真がほとんどだったのですが、ご主人の都合ばかり考えていられないと、今ではご自身で友人の方と一緒にご主人様の都合を確認されないで、ご主人を置いて友人と一緒に参加されるようになっていらっしゃいます。本当に短期間の内に変化している様子が見えた方のお1人です。
〈最近行った時の感想〉について、長い文章ですので要約しますと、今まで旅行に行くだけ、観光地を見るだけ、お仲間と出会うだけが目的で中心であったのですが、長野県には温泉が沢山あり、旅行中入りたいのだけれども、からだにあざのようなものがあったり曲がったりしているので、お風呂に入ったことがない。今日ここにも沢山お見えのトラベルサポーターの皆さんのご協力を得まして、初めてお風呂に入り新しい楽しみを見出されたそうです。このように旅の楽しみ方にはお風呂に入ったり、美味しいものを食べることなど様々なことが経験できるのですが、初めて参加されると行くことに精一杯で、周りも見えない方がほとんどの中で、どんどんご自身の中で楽しみ方を発掘されている方です。
〈夢を教えてください〉 体力が続く限り国内、海外、冥土の土産話を沢山持って行きたい。今の夢は冥土で友達に旅行記を送り、長野の人にバリアフリーの旅に参加して欲しい。夢の一番はどんな形でもいいから歩きたいこと。叶えそうな夢を書きました。
最後ですが、今井さんは〈旅を通して何か変わったことはありますか〉の問いに対してこう答えています。精神面では強くなりました。人の情けには泣けますが、旅先で少々のバリアや不便もリハビリと思ってなんでも挑戦する勇気が出るようになりました。運動機能は残念ながら加齢と病院で毎日訓練した頃と違い少しずつ落ちてきているのは仕方がないと思っています。

最後四番目にご紹介する方は神戸(かんべ)様です。神戸さんは本日会場にいらっしゃっています。せっかくですから映像ではなく、直接いくつかお聞きしたいと思います。大変緊張されている様子です(笑)。神戸さんは今井さんの筋ジストロフィーとは異なり、突然の脳梗塞でした。そこからどのように変わられたかをお伺いしたいと思います。
〈障害を持たれる前の旅行〉はいかがでしたか。旅行は大好きでした。ゴールデンウィークと云うと必ず国内ですと1週間から10日のドライブ旅行や海外旅行を楽しんでいました。7年前の1998年3月に発症しました。バリアフリー旅行に参加するようになったのは、今から4年前の北海道旅行でした。それまでの3年間は子供達、家族で温泉旅行に何回か連れて行ってもらいました。やっぱり大変でした。元気な孫達の間にはいって楽しむどころかフラフラでした。バリアフリー旅行は『旅の友』(クラブツーリズム発行月刊会報誌)でした。そこにバリアフリー旅行のことが載っていまして、子供達があるわよと教えてくれたのです。行けるかなと不安に思いながら申し込んでみたのです。  

(注:神戸さんは大変緊張されていらっしゃり、これまでのお話しは傍に優しく付き添われている奥様がお話しされていました。少しずつ緊張が解けてきた頃合を見計らって伴流さんが神戸さんご本人にお話しを聞き始めました。)

伴流さんとは7~8回ご一緒させてもらっています。それと柳澤さん、吉岡さんにもお世話になっています。ほとんどの方とご一緒させていただいています。最初の北海道(富良野)旅行から、最近ではオーストラリアの旅、一番最近の旅は5月のチェコ、ハンガリー、オーストリアなど東欧の旅も伴流さんと一緒でした。
バリアフリー旅行に参加するようになった最初の頃は、成田空港まで行くことも乗り降り、乗り換えが難しくて大変でしたので、もっといい方法がないかなと思っていました。ですから最初の頃は自宅から空港までタクシーを使っていました。しかし毎回タクシーを使っていたら大変だと思いまして、いろいろ調べてみましたら自宅の近所からリムジンバスが出ていることがわかりました。ところがリムジンバスの乗り降りのステップはかなり高さがあるのです。測ってみましたら40cmあったのです。これをクリアできないと旅には行けないと思いまして、リハビリの先生に、何とかリムジンに乗り降りできるステップをクリアできるリハビリをやってくれませんかとお願いしました。先生が40cmの高さの木の台をつくってくれましたので、それからずっと毎週1回手すりを使って昇り降りのリハビリをしました。
飛行機に乗りますとどうしてもトイレに行かなければいけません。機内の通路幅はものすごく狭く、これも測ってみましたら50cm位でした。私の歩行方法はマヒした足を軸に片方の足をぶん回すようにして歩きます。そのような歩き方ですと、そのような狭い通路を行き来することができないのです。また通路側に座っている他の人の足を踏みつけてしまったりしてしまいますので、足を真っ直ぐに前に出して歩けるようにならなければと思いまして、このこともリハビリの先生に相談しました。このリハビリの週に1回するようにしました。歩行運動に使っている歩行器具で、丁度50cm幅で、自由に勾配も変えられ、歩行速度も変えることができます。今は時速1.1kmで、勾配5%(100m進んで5mあがる勾配)の条件をつけまして、その50cm幅のベルトの上を歩いております。足がそのベルトからはみ出して歩くようになりますと、当然ベルトから足がはずれてしまいます。先生が見ていまして、「神戸さん、足がちょっとはずれているよ」と言ってくれます。お陰様で今はほぼ前に足が出るようになってきました。

** ** 最初は緊張されていた様子で、伴流さんの誘導と奥様が答えられることが多かったのですが、徐々に神戸様ご自身が積極的に話しはじめました。神戸様はセッション2にもパネラーとして登壇されて詳しくお話しをお伺いすることになっており、ここからは伴流さんが話を続けました。 ** **
神戸さんは、同じ様な障害の方でリハビリをされている方は沢山いらっしゃるのですが、旅をイメージして、リムジンバスのステップの高さを測り、台を作ってリハビリをされています。成田空港へタクシーを利用しますと片道35,000円かかるそうです。リムジンバスを利用すれば二人で3,500円で行くことができます。そのことによって旅の領域も拡がってきたことと思います。リハビリをする目的を明確にされている方の紹介をさせていただきました。

以上4名様、実際に障害をお持ちの当事者として、旅に対する思いをご紹介させていただきました。

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 次は旅行会社にとっての〝ヨロコビ〟〝Happy を感じる旅〟はどういうものなのでしょうか。会社サイドから言いますと、社会貢献であったり、新規マーケット開発、業界における社会的地位の向上などがあります。ここで私がお話しします〝ヨロコビ〟〝Happy〟は、実際に働いている私たちスタッフ、私もそうですが、通常の旅行セクションで働いているよりも、かなり強い〝生きがい〟や〝やりがい〟を感じて仕事をさせてもらっております。そのことについて簡単にお話したいと思います。

私どもバリアフリー旅行センター取り組みについてのパンフレット、実際のバリアフリー旅行パンフレット、トラベルサポーターの資料をご覧になりながらお聞きいただけると分かり易いと思います。
先ほど吉田さんからご紹介いただきましたが、バリアフリー旅行センターが1995年、丁度10年前、当時は近畿日本ツーリストで立ち上がりました。昨年5月に近畿日本ツーリストから私どもクラブツーリズムは独立をいたしまして、継続して事業を行っております。バリアフリー旅行センターが障害をお持ちの方の募集型企画旅行を実施する意義はふたつあると思います。ひとつが、障害をお持ちの方の旅行は昔からあったのですが、1995年以前はほとんどが授産施設等で行く、春と秋のお花見ツアーだったり、紅葉の紅葉狩りツアーであったり、家族に連れて行ってもらうという、どちらかと言うと受身的な旅、受身的にならざるを得ない環境であったためにそれらのツアーが中心でした。1995年以降、時代の流れかどうかはわからないのですが、法律等が整備されて、バリアフリー旅行が流れに乗ってきました。皆さんが日常参加されているパッケージツアーと同じ様に、障害をお持ちの方ご自身で、いつでもどこにでも旅ができる商品を作って行こうと、クラブツーリズムは取り扱うようになりました。どうして順調に進んだのかと申しますと、クラブツーリズムの発行する会員会報誌〝旅の友〟、クラブツーリズムは会員制の旅行会社ですが、現在その会員は360万世帯、760万人と多くの方が登録いただいております。会員のほとんどが40歳から90歳のシニア層です。その方々が旅を続けて行くうちに、どこかのタイミング、例えば加齢によって、あるいは障害を持つことによって旅を諦めてしまいます。そのような環境を少しでもなくそうという目的で、このバリアフリー旅行センターを、いつでも、いつまでも、旅に出掛けられる、諦めさせない取り組みをしてゆこうと行っております。

クラブツーリズムのスタッフは、企画、手配、予約から添乗、お客様とのコミュニケーションにおいてスタッフが行います。お客様と瞬間、瞬間ではなく、トータル的に、電話を受けた所から添乗でご案内するまで、次の旅行の相談など、一連の旅の相談、コミュニケーションを取る事ができます。

 その中で、お客様がどんどん変わって行く、神戸さんの例のように、昔は上がれなかったことが上がれる、出来なかったことが出来るようになることが増えてくるのがわかるという、大変恵まれた職場だと思います。通常のツアーの添乗では、なかなかその様な機会に巡り会えることはほとんど無いと思います。バリアフリー旅行センターは、これらの嬉しい変化を日々拝見させてもらっております。ただ、残念なことなのですが、多くの方がご病気を持たれたり、ご高齢であったりということから、私が知っている方だけでも年間4、5名の方が亡くなられております。会員全体からするともっと多いとは思いますが、自分自身がおんぶしたりとか、背中をながしたり、実際に顔の見えているお客様だけでも年間それ位亡くなられております。後からお手紙をいただいたり、お電話をいただいたりしておりますが、この事も他の旅行セクションでは考えられないことだと思います。それだけに私たちの取り組みが本当に意義があること、大変重要なことだと認識しておりまして、働いているスタッフはその〝使命感〟と、それに応えられる〝遣り甲斐〟を日々感じて業務しております。今日は時間の関係でそのお話しは省かせて頂きますが、当然様々な苦労はあります。お客様の〝ヨロコビ〟が私たちスタッフの〝ヨロコビ〟と思って業務しております。

実際の旅先の現場の写真をご紹介しますと、お客様をおんぶしたり、車イスを押したり、お客様の荷物もお手伝いさせていただいたりしております。

 バリアフリー旅行センターの取り組みのひとつに〝トラベルサポーター〟という活動があります。後程〝トラベルサポーター〟として参加されている方に実際にお話しを伺いたいと思います。その前にこの〝トラベルサポーター〟について簡単に説明させていただきます。

お手元のA4サイズの「トラベルサポーターのご案内」という資料があります。申込書も付いております。JTB社、HIS社等々でもバリアフリー旅行を取り扱っていらっしゃるのですが、弊社バリアフリー旅行センターも含め、ほとんどが手探りで、お客様のご要望、不安を取り除く、出来ることを取り入れ、今までにない事を行っておりますので、失敗、成功があります。そんな中、お客様の声で一人参加の方、今まではご夫妻いっしょに参加されたのですが、ご主人の都合、奥様の都合を合わせなければいけない、お友達にも声をかけなければいけないし等と、旅に申し込む前にバリアが発生してしまいます。それならば、何百万人といる〝旅の友〟の会員には元気なシニアの方が多くいらっしゃる、その方々の多くの方がホームヘルパーの資格をお持ちであるのに、使っていらっしゃらない。福祉従事者は200万人いると言われておりますが、ほとんどが活動されていない。そうった方々に声を掛けて、是非お手伝いいただけないでしょうかと、お手伝いさんではなく、旅仲間として一緒に旅を楽しんでくださいと提案しています。お手伝いさんであったら、なかなか〝遣り甲斐〟〝生き甲斐〟は感じられないと思います。旅仲間として、私たちスタッフと同じスタンスで、お客様の喜びが喜びとなるという感覚を是非楽しんでくださいという目的で出来上がったのが「トラベルサポーター・クラブ」です。

本日ここに来られている方の中に、実際に〝トラベルサポーター〟として活躍されている方、手をあげていただけますか。(会場で手があがる) 7、8名の方がいらっしゃいます。
私が〝トラベルサポーター〟はこうですとお話しするよりも、実際のトラベルサポーターの方にお話しを伺いたいと思います。前もっとお話しを伺う方には声をかけさせて頂きました。ちょっと緊張されていらっしゃいますが、K様です。実際に今写真に写っているスイスの写真の方です。
〝トラベルサポーター〟に登録されている方は、現在70名いらっしゃいます。すべての方がホームヘルパー2級以上の資格をお持ちです。ほとんどの方が〝旅の友〟をご覧になって説明会に参加いただき、その後個人面談をさせていただき、私たちの思いをお伝えするだけでなく、皆さんひとりひとりの遣り甲斐、思いは異なりますので、その方がどのようなお手伝いをしたいのかなどを30分から1時間掛けて話し合いします。例えば、私は英語がしゃべれるので海外旅行がいい。大学受験の子がいるので、あるいは就職活動を控えているので、あまり長期の旅行はできませんなど、様々な思いを伺い、最終的にご登録いただいております。この制度を始めて丁度1年になります。(以降、Kさんのお話し)

私(K様)は5月、伴流さんに面接していただいて、登録させていただきました。このような活動に参加してみようと思ったきっかけは、いろいろあるのですが、私も760万人の会員のひとりでして、旅の友は毎月見ております。バリアフリー旅行に関しては5月まで知りませんでした。私は昨年(2004年)ホームヘルパー2級の資格を取りました。取得後、傾聴ボランティア、様々な理由で心の弱った方々のお話し相手をしたいと思いまして勉強中でした。特にこれといった仕事がないまま、夫が2年前に亡くなり、娘と二人暮らしですので時間は自由にありました。微力ながらも何か人の役に経つことがしたいと思いつつも何も出来ない状態でおりました。旅が好きと、何か傾聴ボランティア通じるような人との出会いを求めていた時期でした。今まで2回程旅に参加させていただいて、充実しており、私こそ〝Happy〟にさせていただいて有難く思っています。

7月13日出発、スイス3大峰周遊の旅8日間には、女性の方に同行させていただきましたのは2回目でした。この方はご病気がリウマチの方でした。6月がトラベルサポーターとしての初めての活動で、その時も別の方でリウマチの方でした。リウマチの方は自立していらして、ご自宅では自分のこともなさるし、主婦としてお料理を作ったりしています。7月ご一緒した方はお母様と二人暮らしで、お母様もリウマチの方で、普段は家事をなさっている方です。ですから私はあまりお手伝いをしないで、ご本人が出来ないことをサポートすることでした。仕事的には楽といえば楽で(笑)、苦労話はなかったです。

(伴流さん)ありがとうございました。午後の質疑応答の時に是非詳しく伺いたいと思います。
本日は他にも多くにサポーターの方においでいただいておりますので、お話しを伺いたかったのですが、時間の関係で残念です。

旅の形が、お客様の障害の程度が幅広く、多様化しているために、ひとつのパッケージツアーの中で、全てのお客様に喜んでいただけるサービスが、なかなか提供できない状態です。その中でトラベルサポーターの仕組み、展示ブース会場で、クラブツーリズムの取り組み、様々な福祉用具を持って行っているという物があります。例えば、シャワーチェアーであったり、シャワーキャリーであったり、日本発着の航空会社ではほとんど搭載している、幅の狭い通路でも使用できる機内用車イスですが、海外では搭載していないことがあります。又電車の社内にはほとんど用意されておりませんので、クラブツーリズム独自に機内用の車イスを持って行きます。普段使っている車イスも置いてありますので、後ほど時間のある時に比較して見て頂きたいと思います。色々な旅の形、サービスを提供できるものが展示してあります。沢山ありますのでご紹介できないのが残念です。

以上が3つの〝ヨロコビ〟、当事者として、障害をお持ちのお客様、ご高齢の方の〝ヨロコビ〟、2つ目として旅行会社で働く私たちスタッフにとっての〝ヨロコビ〟、それと旅行する方をサポートしてゆく〝トラベルサポーター〟の皆さんの〝ヨロコビ〟についてお話しさせていただきました。
これからはクラブツーリズムだけでなく、障害をお持ちの方の旅行環境、この形は変わって行くと思います。当然バリアフリー旅行センターのような、専門の旅行会社、専門の取り組みは当然必要になってくることと思います。ただ、今取り組みを始めたばかりのことがあります。それはバリアフリー旅行には行きたい、楽しい、でも費用が高いとご意見をいただいていることについてです。旅行代金の設定は手間がかかるから旅行代金をあげているのではなく、様々な仕組みの中で、例えばバス効率などがありまして、なかなか安くできないことあります。そうであれば、出来る限り、全てのお客様ではないにしましても、一般のツアーに参加できる運動機能をお持ちの方が沢山いらっしゃいます。そういった方を一般のツアーに受け入れる仕組みづくりだけではなく、何よりも旅行を取り扱う社員の社員教育が重要ではないかと感じております。
私はバリアフリー旅行センターに8年間勤務しまして、この部署でもっと働きたいと思っておりましたが、社員教育、人を変えてゆく、会社の中を変えてゆくことが、世の中をよりバリアフリーにしてゆく近道なのではないかと感じており、社内異動の希望を出しました。1年、2年、どれ位先になるかは分からないのですが、出来る限り早く一般のツアーにも障害をお持ちの方が安心してお申込みが出来、参加いただけるようなツアーを作っていきたいと考えております。
以上で私の話を終了させて頂きます。ありがとうございました(大きな拍手)。 

※セッション2、3の内容につきましては、次号でご報告致しますので、お楽しみに!

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