「もっと優しい旅への勉強会」定例会報告

2005年7月 定例会の報告
題して、だべりんぐ
「私と勉強会の関わりについて…」

日 時  2005年7月2日(土) 15時~17時
場 所  レストラン『アンプレッソ』
発言者  丹羽 叡氏、木村朋子氏、榛葉千穂氏、中島正樹氏

7月の定例会はいつもの例会とは志向を変え、発言者の話を伺った後、参加者の皆さんがそれぞれの課題や「自分もこんな事を思っているよ!(あるよ!)」という風にデスカッション形式を取りました。気軽な雰囲気を出す為にと勉強会活動に賛同してくださった、文京区春日にあるレストラン『アンプレッソ』のオーナーシェフが、レストランのオープン時間までを、勉強会の総会及び7月定例会に会場を提供してくださいました。本当にありがとうございました。
毎回場所が変わることに賛否両論あると思いますが、プログラム委員としましては、これも社会へのアクションであると思っております。

定例会は総会(同日13時から15時)に引き続き行われました。B1にあるレストランに入るとテーブルが並び、左手奥にキッチンがあります。車イス利用の方のためにエレベーターの別ルートがあります。ダイニング・テーブルを総会並びに定例会のために並べ直し、キッチン方向にイスを並べ、一番前にテーブルを横に並べて発言者がそのまわりに着席しました。

中子プログラム委員からの前説

サービスを受ける〝当事者の立場〟、ホテル、航空機、列車などのサービスを〝提供する立場〟もうひつとはその間をつなぐ旅行会社など〝中間の立場〟があります。

今日は最初の〝サービスを受ける当事者の立場〟として木村さん、丹羽さんに、〝サービスを提供する立場〟として日本郵船勤務の榛葉さん、長電パークリゾート勤務の中島さんにお願いしました。まず木村さんと丹羽さんにお一人ずつお話ししていただき、続いて参加いただいている皆さんと〝だべりんぐ〟と考えています。その後に榛葉さんと中島さんにお話ししていただき、同様に〝だべりんぐ〟したいと思います。

その後に草薙代表、曽根原副代表のお話しを伺います。今日はお話しを聞くだけではなく、皆さんにも普段思っていらっしゃることをどんどん発言してもらいたいと考えております。

◆木村朋子さんのお話

皆さんこんにちは、私は「もっと優しい旅への勉強会」超古株(笑)の木村朋子です。この勉強会ができたのが1991年春先であったと思います。私はその夏に朝日新聞の家庭欄を見てこの会があると知りました。丁度同じ時期にJTB社の松本さん(当会会員)のお友達が私の友達でもあり、人づてに紹介され「いい会があるよ」と言われ行ってみると同じ会でした。その当時私が勤めていた社会福祉法人東京コロニーでオーストラリア旅行を計画しておりました。私はその実行委員になっておりました。系統立てて勉強した事もありませんでしたので、丁度いい機会だと思い参加し、以来延々14年になります。多分草薙代表に続く定例会の出席率で、95%以上の出席率と誇っております(笑)。

最初の勉強会定例会は鉄道弘済会のお話しで、確か上野駅の傷病人の救護所についてのお話しであったと思います。その話はあまり覚えていないのですが、その日の親睦会に参加しますと目の前に座ったのが成瀬さんでした。当然初めてお会いしたのですが、食事の介助お願いしますと言われました。成瀬さんの首は安定していませんし、どうしたらいいんだろうと思い、今では笑い種なのですが、成瀬さんの首根っこをぐいっとつかんで(皆大笑い)、フォークは恐いと言われましたのでお箸で、ピザであったかスパゲッティであったかを食べてもらいました。それが最初の食事介助らしきものの体験でした。それ以来成瀬さんとは15年のお付き合いとなりました。勉強会との関わりについては一番そのことを思い出します。

私自身は弱視の障害がありますが、あまり当事者意識はなく、たまたま肢体不自由な方々が中心の施設で働いていたものですから、どちらかと言うとサポートサイドのイメージが強かったです。

弱視の障害がありますので、障害者雇用というとてもお得な制度を利用して、現在は航空会社の関連会社に事務員として務めています。この勤務先は社員旅行などまったくありませんので、これまで勉強会で行った旅行を懐かしく感じます。

障害者のイメージといいますと、皆さんは〝車イス〟の方や杖をついた目の不自由な方を思い浮かべると思います。弱視は中途半端な障害であり、見えるようで見えない障害です。今日出席されている大山さん(同会会員)も、車イスは利用していないけれども歩行が大変と、同じ様な半端な障害の立場でいらっしゃると思います。中途半端な障害は福祉政策にしましても順番が回ってくるのが遅くなることが多いです。

今日の例会のために考えてきた話があるのですが、どうしようかとなぁと悩みました。ここに着いて今日の出席者の顔ぶれを見た所、おなじみの方ばかりですので、今日は比較的重めのお話しをします。私の体重の話ではありません(笑)。この事はこれまでお話ししたことはないと思います。
私は弱視という障害ですが、これはあくまでも二次障害です。私の本当の障害は美白なのです(笑)。先天性色素欠損症です。私は今、髪の毛は染めております。眉毛は描いています。マスカラは面倒なのでつけていませんのでまつ毛の色がありません。あまり自分の障害については調べておりませんが、遺伝子の影響といわれています。真っ白いヘビ、真っ白いカラスなど、時々ニュースで動物の突然変異が報道されます。私もそれとまったく同じです。あまり好きな言葉ではありませんが〝白子〟(しらこ)という言葉で表現されることもあります。今は一般的には〝アルビノ"という言葉で表現されていることが多いです。昆虫とか動物は《高値》で取引されている(笑)ようですが、私の場合、高いのは血圧と体重だけで(皆、大笑い)、それ以外はあまり高値はついていません。

目が不自由だと不便なことがありますが、いろいろな方法で解決しています。どうにもならない差別に時々出合って、さすがに私もすごく落ち込む時があります。旅行が大好きで、昔はばかにしていた温泉が最近は大好きになりまして、あちらこちらの温泉やスパと呼ばれる所、箱根ユネッサンス、サンバレー那須、スパリゾート・ハワイアン等々の温泉へよく出かけています。

それらの温泉施設に行きますと、時々、私でも立ち直れないくらいなことを、おばさん達に露骨言われることがあります。「気持ち悪いから入らないで」と、本当ですよ。また、言ってこないまでも、更衣室などで「あの人、白子よね、なんでこんな所に来ているのかしら」などと、コソコソと話している声が聞こえてきますので、素っ裸のまま「こんにちは!」とよっぽど出て行ってやろうかと思うのですけれども、さすがにそこまでの勇気がないことと、そのような差別が自分にとってとてもダメージが大きいことです。

都市部ではあまりそのようなことに出合うことはないですし、本当にまれな出来事で、いつもあることではありません。今まで直接、間接的に4回程経験しました。すぐ忘れてまた次の温泉地へでかけてしまいます(笑)。その当日は後を追っかけて行って〝ぶんなぐってやろうか〟と思ったりします(笑)。

目の不自由なことでは、今も知らないで重岡さんの飲み物を勝手に分捕って飲んでしまったりして(笑)、人に迷惑をかける時があります。色素欠損症の場合は、他の人に迷惑を掛けるようなことはないと思います。先程の話のようなことがあり、多分異質なものを排除するという気持ちが働くのではないかと思います。これはなかなか越えられない壁であって、それに出会うととても落ち込みます。バリアフリーやユニバーサルデザインの考え方といいますが、大きく捉えますと人権問題になり難しい問題だと思います。

ちょっと重い気分になってしまいましたので、最後に明るい話題にしたいと思います。私はほぼ14年間勉強会に通い続けていることになります。暗算の早い方計算していただきたいのですが、1回の参加費が500円、1年6,000円です。それが14年です。(会場から84,000円と声が掛かる) それと私はすべての飲み会、親睦会に参加していますので(大笑い)、それが大体会費3,000円です。年間10回、年間30,000円、それが14年分で、(会場から420,000円と声が掛かる)、420,000円。それに年会費が3,600円、14年分はいくらになりますか(会場から50,400円)。 全部たすといくらになりますでしょうか。こんなことを会計報告を聞きながら考えていました(笑)。約50万ほど(正確には554,4800円)この勉強会に投資しています。私にとっては大金ですが、それに見合ったもの、普段生活しているだけでは絶対に得られない、会員の皆さんのお話し、講師のお話しを聞くことができ、素晴らしい会だと思います。普段このようなお話しをする機会がないのですが、これで私の話は終わります。ありがとうございました。(大きな拍手)

丹羽さんのお話し

私の話はいつもの通りのお話しで取って置きの話ではありません。

まず、この勉強会に参加するようになったきっかけをお話しします。勉強会は14年前から始まったとのことですが、丁度その頃、息子が病気になり脊髄損傷で車イスの生活になりました。私はその頃は日本航空でパイロットをしておりまして、アメリカに住んでおりました。脊髄損傷の治療法はアメリカのほうが日本よりも断然進んでいるので連れて来いという話になりました。そこでちょっと調べてみたのですが、飛行機に乗せてアメリカまで運べる状況ではない、そのような環境になっていなかったのです。今はそうではないと思いますが、当時は方法が見当たらなくて、結局日本にずっといたままでした。そのような出来事がありまして、航空機というものは障害のある人にすごく冷たい仕打ちをしてきたと思いました。その航空機に乗って禄を食んでいた自分に対する反省から、出来ることなら皆さんの移動のお手伝いをしたいなと思いました。そのような動機から勉強会に参加させていただくようになりました。

その後、いろいろなチャンスがありまして、成瀬さんにビールを飲ませたりもしましたけれども(笑)、皆さんのお手伝いをするんだという意気込みで参加しました。車イスを後ろから押したり、視覚障害の方の手引きをさせてもらったり、お手伝いしているようなのですが、しばらくしてはたと気が付いたことは、私がお手伝いをしているのではなく、元気の基をもらっているのではないかということでした。

そうこうしている内に仕事は定年を向かえ退職し、年金生活者となりました。そうしますと、手っ取り早く社会参加できるのがこの勉強会の活動であることにも気が付きました。私にとってもなかなか手放しがたい存在、グループであるといえます。

私は勉強会に10年程参加させてもらっておりますが、会は14年前からですが、その間様々なことがありました。ハートビル法、交通バリアフリー法というような法律の整備も整ってきました。障害者補助犬法も成立しました。法整備は進んできているのですが、いまだに、極最近も私の住んでいる近所の江ノ島水族館で視覚障害者だけでは入れないというようなトラブルがあり、いまも障害者だけでは入れない状態のままになっています。法律整備は結構進んでいるのですけれども、世の中全体はまだユニバーサルデザイン化はもとより、バリアフリーになっていない現実がありますので、私自身が元気をもらうと同時に、バリアを少しでもなくして行けるような方向に動ければいいなあ思いまして、皆さんにはご迷惑かもしれませんが、あと数年は今までどおり運営委員として関わって行きたいと思っております。(大きな拍手)


司会、中子さん
皆さんからの発言時間ですので、挙手して、お名前をおっしゃってお話しをしてくださいとのアナウンスがある。どしどし発言ください。
なければこちらから当ててゆきます(笑)。

・村上さん :
先程の木村さんのお話を聞いていまして、中途半端な障害が一番困るとありました。私の場合は右の耳がまったく聞こえません。左の耳だけです。ざわざわした環境ですと誰かに話し掛けられても意味がわかりません。また、どこから話しかけられたかという方向性がわかりません。話しかけている方を見て、私に離しかけているなとわかります。誰かに話しかけられるとぐるっと回りを見回さなければわかりません。私が社会に出た頃はまだ黒電話でそれぞれ独立して電話が鳴っていました。その頃事務所は島の形に机が並び、真ん中にずらずらっと電話機が並んでいました。リリーンと鳴ると、私の場合は触って電話機が震えていることで判断しました(皆驚きの声をあげました)。ですから他の人から見ると電話を取るのが遅いですし、他に出られそうな人がいる時は取りませんでした(笑)。そんなことから聴覚について関心を持ったのですが、健聴者という世界に住んでいて、それでいて呼ばれてもすぐに返事をしないと、あいつは俺が呼んだのに無視したとか、そのようなハンディを持ちながら社会を渡ってきました。27年前になりますが、たまたま手話の講習会があり参加しました。その時、私は銀行員でしたので聞こえない人の応対が出来るようにするという目的がありましたが、実際には自分自身についても聞こえない問題を解決したいと思っていました。小さな障害であっても割りと容赦のないものだなと感じました。今でも呼ばれたのに返事をせず、生意気なやつだなと言われながら生きてきました。ただ私の世代の人たちはあと7、8年しますと半分の人が難聴になると言われています。統計では75才以上の方の50%の人が難聴になります。その様な意味では聞こえないというが非常に社会的に不安化してきます。これからの高齢社会にどう対応してゆくかということを課題として持って行きたいと思っています。

・木村さん :
見かけで障害がわかりにくいと、挨拶したのに無視されたというようなことはよく言われます。私は今の会社に勤め始めて3年程になります。人事部署で働いていますので社員の皆さんの名前を覚えなければならないのですが、まだ半分くらいしか覚えられません。それはとても辛いことです。用事を頼まれても、この人誰だろうといまだに思ってしまいます。ちょっと知恵が付いてきて、電話で返事しますから内線番号何番ですかと聞くことにしています。内線番号からあの人だったとわかるわけです(笑)。ちょっと偉そうな人で後で支店長だったことがわかり、聞かなくてよかったなということもあります(笑)。この様なことは数えるときりが無いくらいあります。多分村上さんも同じ様な経験をお持ちだと思います。ちょっと理解してくれる方がいるとフォローしてくれるのですが、なかなかそうでない時のことのほうが多いのが現実です。私の場合は障害者雇用で働いていますので、それが出来たら障害者ではないと開き直っています(笑)。

・黒嵜さん(当会副代表、車イスを自操してさっそうと行動されています) :
勉強会には細く長く参加させていただいております。からだは細くありませんが(大笑い)。私は弁護士の仕事をしています。先程の木村さんの差別発言などお聞きしていて、とても頭にくることで、あってはならないことだと思います。木村さん、そんな時はとりあえず住所と名前だけお聞きしていただけば、ばんばん訴訟を起こしますので(全員大笑い)、どうぞお知らせください(笑)。半分冗談で、半分本気です(笑)。お二人のお話しに共通することは、差別であり現実に差別が存在していることです。勉強会でもお話しさせてもらいましたが、日弁連で差別禁止法、アメリカ合衆国のADA法の日本版を何とか作りたいと活動しています。なかなかこのような法律が一般に浸透しません。何故必要かということがそもそも議論にならないのです。障害者を受け入れる企業側、障害児を受け入れる学校側に対する規制をいろいろ求める法律ですから、もし議論になりましたら、大きな波紋になるはずなのですが、そのような反応も全然出てきません。議論にもなっていないのが日本の現状なのですが、その様な法律でなければ救済されない人たちが沢山いることを、多くの人に知ってもらいたいと思います。この勉強会に参加されている人たちはその点の意識が高い人たちであると思いますが、もっと一般の方にも理解してもらえるにはどうしたらよいか悩んでいます。 
今日のお話しはまさに生の声であると思うのです。私も車イスを使っていますので、飛行機に乗るのに苦労した時代もありましたが、今ではかなり改善されてきています。法律がなければ改善されない人たちが沢山いらっしゃると思いますので、私がその様な活動をしているということ、これからもインフォメーションとして発信してゆきますのでどうぞ宜しくお願いいたします。

・神田さん :
今の黒嵜さんの話とちょっと関連するのですが、僕は子供が3人おり、一番下の子が障害を持っています。障害のあるお子さんを持つ親御さんと話をすると、中途な障害であっても差別で悔しい思いをいっぱいとお聞きします。僕の子供は障害を持っていますけれども僕自身は障害を持っていませんから、分かっているつもりでも全然分かっていないです。障害の当事者の気持ちであるとか悔しさは、頭の中では分かるのですが実際には分かってないです。障害を持っている人の悔しさもあるのですが、それとは又別にそれを抱える家族、兄弟、親など、特に兄弟は苦しんでいると思います。例えば障害を持っている人にはリハビリテーションの施設などありますが、障害を持っている家族にたいするフォローは何もありません。子供たちは大きくなったら理解するだろうと考えていました。3人子供がいますが、子供は親の愛を3等分欲しいのではなく、全部欲しいのです。実際には障害を持っていない兄弟もとても寂しい思いをしているのです。病院の先生は障害を持っている子に対しての話しはしてくれますが、その親が苦しんでいることに対するカウンセリングはしてくれません。兄弟がカウンセリングを受けられる場もなく、親も対応するゆとりがありません。家族に障害のある者がいることは、実は家族全員に障害があることだと思います。家族の悔しさ、悲しさについても黒嵜さんに考えていただけると非常に嬉しいです。差別はどこかにあると思うので向き合わなければならないと思います。それらのことも取り組んでいかないとこの勉強会は大きくなれず大衆的にはなれないと思います。その意味では黒嵜さんが弁護士としての取り組まれ、勉強会に参加されていることは嬉しいことであり、家族への配慮も少し考えていただけるものが出てくるとよりいいかなとつくづく思います。

・黒嵜さん :
悪意があってしようとする差別は典型的な差別ですが、無知、無配慮であることも差別であると思います。それらのことも禁止してゆこうとする法律です。障害を持つがゆえに旅行が出来ない状況が作られていることが差別だと私は思っています。それらのことを差別の定義として行こうと考えています。広い意味での差別として、旅行が出来ない状況も差別と思っていますので、それを変えて行きたいなと考えています。

・大山さん(足がご不自由で歩行の際は杖を使われています) :
神田さんのお話しについてですが、家族に対する差別は確かにあります。家族の中であまり話し合うことはありませんでしたし、私の場合も最近わかったことです。私には1歳年上の兄がおります。私は幼稚園、小学校、中学校、高校、専門学校と通いました。年子の兄弟ですから1年違いで同じ小学校、中学校に通いました。幼稚園の頃はあまりわからなかったのですが、小学校、中学校では兄貴は相当いじめられたそうです。おまえの弟は何だと言われたそうです。ですから私たち障害のあるものは自立しなければならないと考えます。まわりに助けてもらおうと思っていても、いつかは一人になるのです。親はいつまでも生きていません。兄弟であってもいつまでも一緒にいてくれるわけでは有りません。いずれは一人になり食べてゆかなければならないのです。何とかして生活してゆかなければなりません。すごく重たい話をしてしまいましたけど、実際問題はそうなのです。

司会、中子さん :
お話しがどんどん重くなって(笑)ゆきますが、私としてはどうしていいのかわかりません(皆大笑い)。でも続けます。

・水野さん(大阪からいつも参加されています)従って以下は関西弁です : 
これまでのお話しに、外から分かりにくい障害、中途半端な障害のお話しがありましが、私も含め肢体のご不自由な方や視覚障害のある方について、ほとんどの方がある程度の知識はあると思います。ところが、見て分からない聴覚障害の方であるとか、内部障害、内臓の病気ですね、障害では有りませんが妊産婦、私は男なので詳しくは分からないのですが、電車などで立っていることがつらい方もいらっしゃるとお聞きします。
最近、内部障害の方について、皆さんご存知かどうかお聞きしたいのですが、ハート・プラス・マークをつけようというのがあります(何人かがうなずく)。実は私は趣味で同人誌を読んだり書いたりすることをずっとやっておりまして、そこで知り合った女性の方が潰瘍性大腸炎、これは難病認定されていますが、それと心臓病と両方持ってはる方なのです。潰瘍性大腸炎については私は全然知らなかったのですが、この方が闘病記を本にして出さはったのです。その本を読んで、このような病気があり、このような苦労をされているのだと知ったのです。この方がサイトにこのハーツ・プラス・マークを出しまして、これを着けている人には電車の中では席を譲りましょうという運動をされています。またお話しにも出ましたが聴覚障害のかたのことも本で知りました。知らないと言うことで差別が出てくると思います。私たちも知って行かなければいけませんし、障害を持ってはる方も自分を発信してゆくことで、お互いに理解しあう形に持ってゆかなければいけないと思います。
私はWEB担当の運営委員をさせてもらいますが、一歩一歩この様なことを近づけてゆくお手伝いが出来ればと思っています。聴覚障害をおもちの方や内部障害をお持ちの方が、ステッカーを着けることに抵抗のある方もいらっしゃるのではないかなと思い、お聞きしたいと思います。
また、黒嵜さんからお話しのありました、差別に関する禁止法の法律を作ろうという動きについて、日本版ADAという形については私は否定はしませんが、ADAについては断片的ですが草薙さんからお話しをお聞きしまして、アメリカ合衆国にはそのような素晴らしい制度があるのだと。これは日本にもあってしかるべきだと思います。私が気にしているのは、法律を作ってしまうことで、この事を言ったら差別になるから、本音の話をしたらまずいのではないかということで、本音の議論が出来なくなるのではないかということを恐れています。その辺のお話しを黒嵜さんからお伺いしたいなと思っています。

・木村さん(ステッカーについて)
ステッカーについて、私であったら、助けてもらいたい時には着けておきたい(大笑い)。端的に言えばそうなりますね(笑)。自分が不利益を受けそうな場面になったら、ポケットから出して、「私は障害がありますよ」と。また、寝不足で電車で座りたいときも、何の障害かは書かなくていいので、「私障害者ですよ」と首から提げたら、席を譲ってくれる人がいるかも知れません。私のレベルではこのように都合よく使えたら、こんな便利なものはないと思います。(皆大笑い)

・丹羽さん : 
私も村上さんと一緒で方耳がほとんど聞こえません。どちらから声が掛けられたか非常に分かりづらいです。ちょっと大きい声でしゃべってもらえると理解できるのですが、ひょろひょろとしゃべられるとわからなくなります。そういう時に、使っていても使っていなくても、補聴器をぶら下げていると、この人は耳が悪いのだとちょっと大きな声を出してくれ、そうしますと補聴器なしで生活できます(笑)。私の程度ですと首からステッカーをかけてもいいかなと思いますが、その方が本当に深刻な方であったら違った反応かも知れないな、と思います。

・重岡さん(最近、新車の電動車イスを入手し、毎回九州からびゅんびゅん飛んで来ます) :
私は時期的にこの勉強会に入ってから杖を使うようになりました。それまでは杖など使っていませんでした。疲れた時に座りたいけど座れないとよく思っていました。最近は車イスという便利な道具がありますので、満員電車の中でも私だけ3人分くらいの場所をとっています。この車イスが目印となっているのです。杖を使ってなかった時は、他の人には全然わかってもらえませんでした。心臓が悪い事も、足に装具をつけていなければ足が悪い事も分かってもらえませんでしたし、話しかけなければ言語障害があるのかとわかってもらえるのです。最近はその点車イスを使っていますのでいいのですが、それにあまんじてはいけないと思っています。
マークについては、可愛いマークだったらいいです(大笑い)。携帯電話のストラップくらいだったらいいと思います。
神田さんの障害児の親について感じたことをお話しします。昨年から福岡県教育委員会に、障害学習課があります。その中で障害児の体験キャンプ、自然体験キャンプを行っています。それは家族単位の参加なのです。家族単位なんだから、障害児と楽しめるプログラムを作りなさい、親は親が楽しめるプログラムを作りなさいと私は提案しています。最初は同じプログラムだったのですが、変えてもらいました。兄弟と障害児は同じプログラムですが、同じ様に〝お兄さん〟〝お姉さん〟といったバッチを着けます。家族の人数によって異なりますが、例えば障害児ひとり、兄弟が2名の家族には約6名のボランティアをつけます。高校生、大学生のお兄さん、お姉さんです。そして同じ様に楽しめるプログラムを考えます。これは福岡県が最初に取り組んだそうです。今後は全国の障害学習の大会で発表する予定だそうです。それを広げて行き、自分の仕事として広げて行きたいと思っております。カウンセラーが入ると親も兄弟も構えてしまうのです。ですから、身近なお兄さん、お姉さんが一番よくカウンセリングができると思います。ここが一番大事なところかなと思っています。次は家族単位で楽しめる旅を考えてみたいと思っているのですが、いかがでしょうか。

・村上さん :
福岡県の素晴らしいお話しをうかがいました。銀行員の立場として見ていて、親御さんが障害のある子が不憫だからと言って、重点的に手を掛けてしまい、兄弟がひがんでしまう構図と思います。小さいうちは親の愛が障害のある子に集中してしまうので、他の子は寂しい思いをする。これもひとつの愛情の欠損で、よくあることだと思います。ですからかえって他の兄弟が面倒を見ないことが出る場合もありますし、そして更に大きくなって親が歳をとり、亡くなった時は不憫だなと思うなど、公平平等感など、子供たちうまく理解してもらうことは難しいようです。そういうことも含めて神田さんもお話しされたように公平感をどうしたらよいかということを、私たちはきっちりと勉強してゆかなければならないと思います。


司会、中子さん:
まだまだご意見などあると思いますが、次のお二人のお話しに移りたいと思います。スピーカーはのお一人は日本郵船の榛葉千穂さんです。もうおひとりが長野パークホテルの中島正樹さんです。榛葉さんからお願いします。

榛葉(しんは)千穂さんのお話し

ただいまご紹介いただきました日本郵船の榛葉です。中子さんからのお話しで提供者の立場と
してとありましたが、ちょっと付け加えさせていただきますと、日本郵船という船の会社に勤めてい
るのですが、私が現在所属している部署は鉄鉱石(笑)、石油、ガスを運んでいる所の営業統括部署です。サービスの提供者ということで多分中子さんは客船を想定されていたのではないかと思います。(中子さん:そうです!皆大笑い) 私は客船とは関係ない部署におりまして、客船についての質問を受けましても答えられないと思いますので、その点だけ最初にお断りしておきます。

 なぜ私がこの勉強会に参加しているかと言いますと、会社の中で課外活動というものがあります。会社がちょっとした金額を出してくれ、課外活動クラブ的なものを作り社内でメンバーを募集して社内の様々な課題について自由に議論するとか、起業家の支援、また自己啓発や労務勉強会など、思いつくものをやりなさいという活動です。やりたい人は手をあげてくださいという募集がありまして、ではやってみようかなと手を挙げたのがきっかけです。
半年前にある友人の女性が、子供のための英会話教室をやりたいので手伝ってといわれ、それでは手伝うと参加しました。ところがその子は会社を辞めることになってしまい、次のリーダーを私にやって欲しそうな気持ちを感じられたので、違うことをやってそこから逃れようとして、そのために違うクラブを作ると言って立ち上げたのです。発想が皆様と違いとても真面目ではありませんでした(笑)。始めた時は安易な気持ちだったのですが、何を勉強するために手を挙げたのかと言いますと、客船に対してのユニバーサルデザインでした。バリアフリー化を進めたらどうかということを趣旨として始めさせてくださいと提案しました。
社内で募集をかけると8名程応募がありましたので、おととしの冬、2月頃から活動を開始しました。この勉強会に参加したきっかけは、その活動を通していろいろ調べてゆくうちに、インターネットを見ていたら、内の会社の船長さんがこの勉強会の定例会で話した報告があったので、あれっ、こんな勉強会があるんだなと思いまして参加させてもらいました。
そこから始まって、当初は客船自体をシルバーマンション化したらどうかと考えまして(笑)、起業を考えて提出したのですが、いろいろ考えていくうちにちょっと難しいかなと気が付いて、路線を変更してユニバーサルデザイン客船の起業及び研究をしております。半年に1回、人事の人たちにプレゼンテーションをするのですが、今年で3年目が終わるのですが、半年づつの活動としては第6期となりまます。今までの活動内容としては、会社の客船のお客様の平均年齢が70歳なので、初めの頃はそのシルバー系に重点を置いて考えておりましたので、シルバーマンションなどに言った訳ですが、いろいろな人に話を聞きながら今までやってきたのかなと思います。その活動中に半期に1回合宿なども実施し、その合宿を京王プラザホテルで開催したこともありまして、中村支配人にユニバーサルルームを教えていただき、素晴らしいものだなと思い、客船に転用できればいいのになあと思いまして活動を続けています。
実際に客船事業の人たちにコンタクトにとって、客船を見学に行ったりしました。実はこの客船は10年以上経っており、来年の4月に外国籍を持っている客船、クリスタル・ハーモニーを持ってきて、飛鳥Ⅱとして運行することが発表されました。現在就航している飛鳥も飛鳥Ⅱも見学に行きましたが、アメリカで生まれた船なので、公共スペースはバリアフリーとなっていますので問題はないのですが、バリアフリールーム、ハンディキャップルームはまだまだ改善の余地があるかなと思っています。今年の11月頃に修繕に入り、改装するらしいのですが、それに合わせて提案しようと考え現在活動しております。半期に一度の報告の中にユニバーサルルームが必要ではないかと提案するつもりなのですが、実際バリアフリールームの使用率は10%程と聞きました。それではもったいなので、ユニバーサルルームにして誰でも使えるようにすれば稼働率も上がりますし、収益性も改善されますので、提案して行きたいと思っています。このような活動をしています。(拍手)

中島正樹さんのお話し

皆さんにお配りしたパンフレットにありますが、北信州と呼ばれる所にあるホテルで、大本は長野電鉄という鉄道会社で、バスも運行している公共交通機関でもあります。皆さんの中に私どもをご利用された方はいらっしゃいますでしょうか。(何人かが手を挙げる)ありがとうございます、何人かの方にご利用いただいているようです。
実は私どもは非常に遅れております。この勉強会に参加させていただきましたのも、勉強して少しずつ改善して行きたいと考えたからです。きっかけは小野様(当会運営委員)を紹介していただき、小野様からこういう会があるからと教えていただきことです。これまで何回か参加させていただき、非常に勉強になっておりますのでこれからも続けて行きたいと思っております。
今日は非常に恥ずかしいことをお話しするのですが、多分悪い見本で一度ツアーなど企画していただければ(笑)、何も整っていない所があるのかと感じることがあると思います。ですから宣伝というよりも皆様から要望、質問ということで、ざっくばらんにお話しいただく形で進めて行きたいを考えております。勉強を始めたばかりなので、お恥ずかしいのですが、教えていただきたいと思います。


・石倉さん:(数年前までスカイアシストデスクで大活躍されていました)
私は航空会社に勤務しておりますが、昨年から私たちの会社でも手を挙げてディレクターに応募して自ら1年間活動を行うことが始まりました。昨年は30余り立ち上がったのですが、そのひとつに私も参加して大阪方面のイベントをしてみたいなと活動しました。私どもはフジゼロックスさんのまねで始めたと聞いています。ディレクターから新しいネタを仕入れて来いと言われていますので後で皆さんからお話しを聞きたいと思っています(笑)。
数年前にはバリアフリーを推進しようとすると、会社からは抑圧される雰囲気があり、スカイアシストデスクに勤務していた時に感じました。その頃はいろいろな部署に話を持って行くのは、喧嘩しに行くというのが私のスタンスでした(笑)。やられる前にやっつけに行くという感じでした(笑)。
最近思ったのは、中部国際空港がありまして、バリアフリー研究会が立ち上がった時に会社としてはつぶしにかかったと聞いているのですが、今中部国際空港に視察に行くと、支店の人間はどうぞ中部空港を見てください、自慢のユニバーサルデザインの空港ですと言います(笑)。施設が整って社会的に認知されてみんなが理解すれば、人々は心を改めろと言ったわけではないのに勝手に変わるのだと思いました(笑)。7、8年前から考えますと環境の変化が少しずつ進みつつあるのかなと思います。今会社ではCSという言葉で動くようになっていますが、社会はその様に変わってゆくのかなと考えます。いろいろ批判を受けている航空会社でも徐々に変わってゆくDNAが育っているのかなとも考えます。この勉強会のようなネットワークは東日本には多く見かけられるのですが、西日本にはあまりないので、西でもイベント的なものを何とかしてゆきたいと活動しています。伊丹空港で行えたらなと、皆さんにのお知恵を仰ぎたいなと思っております。こんなふうに社会は変わってゆくのかなという実感で感想を述べさせていただきました。
足を怪我する前にはよくスキーで行っていましたが、現在はアクセシブルな交通手段といえる高速道路や新幹線など整備されてきていますので、新潟の〝アライ・リゾート〟のような楽しいアクティビティを始めていただければ、結果的にお客様がついてくるのではないかなと思います。お客様が来られて一緒になって育ててもらうことがいいかなと思います。

 ・中島さん :
昔は志賀、野沢はスキーのメッカと言われていました。スキーだけで食べていけた時代もありました。高齢社会になったということもあるのですが、スキー離れが進んでおりまして、若い人たち用の企画を作りましても、一過性ですぐに飽きられてしまい長く続かないのです。高齢者の方が来なくなったのが一番の原因なのです。〝私は来年は来られるかどうかわからない〟との話をよく聞きます。ホテルでは次世代の人を取り込めばいいと企画を作るのですが、よくよく考えるとこの人たちの来易いような、又来てもらうようにしないと駄目なのではないかなと気付き始めました。
この勉強会に参加させていただいたのは、高齢者と障害を持っている方が来易いようにすることを学ぶためでした。自然といいますのは冬のスキー、夏のトレッキングは楽しいことは楽しいのですが、非常に厳しいのですね。その厳しさを体験してもらうためのお手伝いをするのが私たちの仕事だと思い、お手伝いできるようになりたいと思っています。しかし、なかなか仲間が集まりませんし、厳しい状況です。施設自体も中途半端なバリアフリー設備ですので、設備面も徐々にですが改善して行きたいと思っております。

 ・成瀬さん(おからだがご不自由で車イスを利用されていますが、気持ちはいつもアスリートの様にとても活発です) :
スキー離れは確かに顕著に現れていることと思います。旅行の目的も温泉が主流になっている現状はあると思われます。ただし、障害のある人は、身体を動かして何かをするという意味では、スキーの場合は、例えばソリの様なものを使ったレクリエーションを考えると変わってくるのではないのでしょうか。障害のある人はスポーツをする所がまだまだ限られていますので、そこを掘り起こしに使えないのかなと考えます。そのためには長野駅からの交通手段をどのように作ってゆくかとか、例えばノンステップバスを走らせ、新幹線に連絡させ、観光に使うことなどは可能ではないかと思うのです。
企業の内部から変化してゆくことはなかなか困難かと思いますが、高齢者にリピートはかなり多いことも考えなければいけないと思います。また団塊の世代が定年を迎え、自分をリフレッシュするために行こうかということが出てくると思うので、その人たちの声を聞きながらバリアフリーのことを考えて行くことが大事なことだと思います。
グアムやサイパンへ船で行く場合、1週間ほどのクルーズができると思います。日本人の旅行パターンは1ヵ月や二ヶ月と長いパターンはまだ少ないと思うのですが、そのようなクルーズもバリアフリーの旅として売り出してゆけばどうかなと感じました。長くなりましたが以上です。

・榛葉さん :
ありがとうございました。今、飛鳥は4月から12月は季節季節の3泊4日とか、その時々に応じてお祭りクルーズであるとか、日本一周などを組んでいて1月から3月は世界一周に出かけています。その世界一周もほとんどキャンセル待ちです。一番安いコースで300万円です(驚きのどよめき)。その様な状態が続いているのですが、何故かアメリカにある3隻の船は赤字状態でして、そちらの大きな船を日本に持ってくることにした訳です。持って来る船をどのように活用したらよりか、キャパシティも大きくなりましたので、それなりにキャンセル待ちが減るのかなという気がするのですが、対策をきちっと立てないと、後々のクレームにもなりますので、なかなか聞いてもらえないのですが、会社には提案しています。
私自身は対立してやっていくことは嫌いなので、ソフトランディングで徐々に周りから占めていこうと思っています。もらった経費で皆と飲みに行って、客船事業の人を包んで徐々に取り込んでいこうかな(笑)と言うのが私の願いです。

・石倉さん :
客船は他の交通手段とは異なり、お客様1人当りのクルー人数が高いと思います。移動やアクティビティの際に人的サービスが他の乗り物にくらべると、かなりカバーできるのではないかと思いますが、サービスの教育などはどのようになっているのですか。

 ・榛葉さん :
確かに他の乗り物に比べるとスタッフ比率は高いと思います。実際に乗下船についてもちゃんとしたターミナルがある港湾は可能なのですが、小さい港などではタラップになってしまいますので、人海戦術で行っています。電動車イスなどを4人程の男性が下ろしていると聞いています。そのようなこともあり、客船の中ではほぼバリアフリーになっているのですが、乗下船がたいへんなためにクルーが受け入れに対して難色を示すことが実際にあるようです。

 ・石倉さん :  
タラップを使う港の場合、食料などの荷物を搬入する設備はありますよね。

・ 榛葉さん :  
そうです、あります。別の設備はあるのですが、その導線があまりに汚いらしく、それは難しいそうです。

 ・石倉さん :  
私たちの会社でも、手荷物だとかケータリングはバリアフリーなのですが、肝心の人間については人に負担をかけています。

 ・草薙さん : (当会代表、いつも飄々とした風貌で、勉強会を常に前へと導いてくれます。
決して私ではありませんが、人は親しみを込めて〝ヨーダ〟と呼んでいます。)
中島さんの施設ですが、ホテルが4つとバス、鉄道ですね。鉄道は長野駅から志賀高原の湯田中(ゆだなか)とお聞きしました。宿泊施設は伝統のある政府登録旅館で国観連の会員で、大分年月が経っているとのことですね。私もこれから国観連の機関紙に連載記事を書くことになっているのですが、4つあるということと、電鉄系を持っているということで、私はこの〝もっと優しい旅への勉強会〟会員の秋元昭臣さんにつくべきだと思います。秋元さんは勉強会に参加されたのは10年前ですが、最近じっくりとお話しを聞いたのですが、最初の頃はお金はありませんでしたとのことでした。中島さんがやりたいという気持ちがあるのかないのか、会社の仕事としてやるのかという所が大切なことです。秋元さんの場合はやりたい、がお金がない、でも100円からやるのだと最初はS字フックを買ってきて付けてみる。一つの所でやっていたものを、段々にスパイラル(らせん状)的に進めてゆくことを10年掛かって自分で見つけたと話していました。秋元さんがそのように話すようになったのは最近です。無我夢中でやってきたことがそのような形になってきたのだ、今分かってきたと話してくれました。
榛葉さん、会社の仕事は分かりますが、何故この勉強会に来ているのですか、本当に何をしたいのですかということを聞きたいですね。秋元さんはスパイラル的にやってきたと言いました。お客様に徹底的に聞いたということです。企業の人に聞くのではなく、お客様に聞くことをずっとやってきたということ、今年はリウマチの人に聞き論文をつくるとおっしゃっていました。もしそのつもりであるのでしたら、秋元さんは何からどのように始めるのかを決め、お金がないがどうするのか、改装するにはどうするのか、ひとつずつ何をやっていったらいいかということを自分なりに苦しんだことがあったと伺いましたので、私は秋元さんに聞くのがいいと思います。秋元さんも10年前にこの勉強会に参加されたことがきっかけであったと他の所でも話をされています。何をしたらいいかという入口が分かったこと。それから自分でやったということだと思います。

 次に長野の中島さんのことですが、初心者と車イスの人にも安心なサンシャイントレイルとあります。これは長野電鉄と関係しているのかどうかということがあります。例えば夏に中島さんは実際に歩いて見て、車イスに乗って行き、それでどうかということ、必要な所にトイレを設けなければいけないと思います。トイレを作るのに費用はおよそ400~500万円かかりますが、県でお金を出してくれる所はあるかどうか調べて捜すべきです。
これは例ですが、何をしたらいいのかということをするべきだと思います。7、8年前に、この勉強会の皆で長野の善光寺の住職、福島さんの所に行きお話しを伺いました。彼は東大の法学部出身ですが、善光寺にスロープをつけたいと思っていらっしゃって、様々な所へ行って調べ、善光寺は国宝だからつけることはできないが、仮設だったらよいという所まで漕ぎ着けたのです。何年もかかりました。デザインを自分でやって作りました。長野のパラリンピックが終わったら、仮設スロープは国からは取り外すように言われていました。しかし福島さんは、私の目の黒いうちは取らないといい、今でも仮設スロープはついています。それが普通の形になってきているのです。1998年に仮設しましたので7、8年経っているのです。
あまりお説教くさいお話しは避けたいと思いますが、この勉強会から何が入口なのかをつかんでいただき、何をしなければいけないかということを考えていただきたいと思います。
自分なのか、会社から夏に何とかお客様を呼べと言われていると思うのですが、入口を捜してお客様を増やすプロモーションをしなければいけない為のひとつとしてバリアフリーというのもあるんだなと思うことなど、もっと出してしまっていいと思います。

 ・紙(かみ)さん :  (当会運営委員で、内緒ですが○年前に還暦を迎えられていますが、 いつもおしゃれなファッションで勉強会に颯爽とあらわれます) 
長野パラリンピックの時には相当盛り上がりました。我々も何遍も行きました。1年前に行っていろいろ調べたり、そして本番の応援に行きました。でも残念なことに一過性で済んでしまいました。しかし、その当時いろいろと活動した人がいる訳です。そういう人たちが今何もしていないことはものすごくもったいないかなと思います。あの時、あれだけ全国から車イスの乗れるバスを集めて、もうそれは展覧会の様だったです。いろいろな車イスの方がいましたよね。あれをちょっと思い出されたら、こういう方法もあるのだと発想はついてくると思います。あの事実をそのままで止めてしまうのはもったいないと思います。他の県にない、いいKnow-Howが埋もれているのではないかなと思います。捜し出して相談して、皆さんに協力してもらうことが大切だと思います。

・小野さん(当会事務局、会計担当、専門学校のユニバーサルツーリズム学科長です) :
小野でございます。専用にしてしまいますと後でとても困ることが起こります。以前アメリカのアリゾナ州にお客様をご案内したことがあるのですが、1960年代から70年代に掛けて、不動産の会社がいわゆる高齢者の街を作りました。50歳以上でなければ入居できない街でした。子供のいない街を皆さんは想像されたことがありますか。20年経ったら皆70歳なのです。子供が一人もいないのです。広大な街なのです。それで反省して20年後に出来た街は夫婦揃って80歳以上でしたか、まだまだ製造能力がある人たちが入居してきたのです。それで少し変わってきたのです。
この例からも専用は良くないと思います。日本からも視察をしに多くの企業が訪問しました。その時に感じましたのは、子供のいない街は異常ということでした。
私も秋元さんのお話ししようと思ったのですけれども、先程草薙代表が話をされましたのでいいと思ったのですが、つい3、4日前に秋元さんからお話しをまた聞ききましたので、尚更感じましたのでお話しします。秋元さんは100円ショップが好きです。お客様からいろいろな要望を聞いて、おこられながら、叱られながら、工夫してきたそうです。それが一旦好きになってしまうと、今度はその目の不自由な方がお客様になってしまうそうです。その方が又話をしてくれるのだそうです。
1回お客様になるとお客様がお客様を呼んでくれるという話をしていました。今日はお見えになっていませんが、是非秋元さんに話を聞くと面白いと思います。
ホテルで高齢者向け専門にしますと失敗してしまうといわれています。お客様に合わせてホテルなり旅館なりを運営して行かないといけないと思います。今までは私たちは旅館に何時まで行かなければ食事できないとか、夕方の宴会は必ず6時に始まるではないですか。だけれども8時に来たお客様のいるのです。そうするとそのような旅館を敬遠しますよね。また食べたくないお客様もいる訳です。ニーズが変わっていることに合わせて行かなければいけないと思います。いかにしてフレキシブルに対応して行くかということを求められるのかなと感じます。

・室井さん(当会運営委員): 
私も秋元さんを薦めます。障害のある方を呼んで話をしてもらうということは、実は従業員に慣らさせることもあると伺いました。マインドが慣れると対応できるようになるそうです。またある方のための専用にしてしまうと使い勝手のあわないお客様がより多くでてしまうことになるので、あまり特化、専用にしないほうが良いとも話されていました。京王プラザホテルの中村さんも、自分達の取り組むお客様はここからここまでだと決めることが重要で、全部の方に対応することは無理ですとおっしゃっていました。おからだの不自由な方は、手すりばかりあるような専用の施設は病院に来たようで大嫌いだとおっしゃるそうです。何だか知らないけれども使い易いねという施設がいいそうです。新潟のアライリゾートもそうであったのですが、言われなければわからない造りになっているのですね。もうひとつ共通していることは、あまりアピールし過ぎないこともあるそうです。是非秋元さんに一度お会いして話を聞いてみてください。

・黒嵜さん: 
車イスで有名なリゾート地の伝統的なホテルに泊まろうとしますと、非常に難しい所が多いです。車イスでも使い易いトイレのドアが広く、浴槽に段差がなく、基本的に車イスで部屋まで問題なく行ける宿泊施設はビックリするくらいに少ないですね。自然が観光地になっている所では、車イスで行った先で自然に触れることが難しい場合が多いです。観光地の伝統的なホテルは行き難いというイメージが強いので、そこに新しいホテルができてバリアフリーだとうたっていると、ついついそっちへ行ってしまう傾向がある気がしてなりません。確かに細かい所の仕様は違い、それぞれニーズは違うのですが、最低限押さえておくべき所はあると思うのです。そこだけはやっていますとよいうことを伝えてもらえれば、利用者側としては安心して利用できると思います。私は大学生の時に事故によって車イスを使用するようになったのですが、3年前にアライリゾートへ行った時、20何年振りにスキー場へ行って初めてチェアスキーをやったのですが、そのスキーに感動しました。怪我する前は当たり前にスキーをしていましたが、20年振りにスキーが出来たことに非常に感動した覚えがあります。身近にその様な場所が増えることで、こういった思いをしてもらえる人がもっと増えると思うのです。そのようなことをサービスの一環としてみたいということであれば、是非頑張っていただきたいと思いました。

司会、中子さん:  お二人からお話しを聞かせてくださいとお願いしたのですが、お二人が一番メモをとっていらっしゃって(笑)、申し訳有りません。(大笑い)
無理やり引っ張り出して本当に申し訳有りませんでした(笑)。
そろそろ終わりの時間に近づいてきました。今日発言をいただいていない方も いらっしゃると思うのですが、ひと言ずついただきたいと思います。

 ・大野正明さん: 
大野と申します。近畿日本ツーリストに勤務しておりまして、ハワイに約11年程駐在しておりました。一昨年定年退職し、退職後何をやろうかと考えました。ハワイで一番怒られて土下座して謝った事件がありました。障害のあるご主人と奥様が来られて、空港で出迎え、バンでホテルまで案内し、部屋もADAルームになっておりました。それで普通は帰るまで特別な対応はしません。ところが到着日の夜に電話が掛かってきて「すぐ来てよ」とのこと。何か事故かなと思いましたら、ご主人が重たくてお風呂にも入れられない、ベッドにも寝かせられないとのこと。日本ではお子さんなどがいたり補助具があるので問題ない訳です。それらの状況は当然わかっていることだと思っていました。結局駐在員が交代で介助しました。
現在はハワイと日本とで、ひとりで何とか動くことが可能であれば多くの方が安心してハワイに行っていただけるように現在勉強中でございます。幸い先日3月にバリアフリーのツアーで150名程のお客様がハワイに来られましたので、一部ちょっとお手伝いして、車イスの方のフラダンスであるとか、ウクレレ教室であるとか、一人ミュージック・セラピーの日本人の方がいらっしゃいます。いろいろな意味でハワイは進んでいる部分もありますし、日本のほうが進んでいる部分もあります。皆さん感じていらっしゃると思うのですが、最終的にはどうしてもクリアできないことがあります。アメリカと日本、自治体を含めての政治の違いですね。すべてが違いますから、いいな、いいな(羨望)で終わってしまいます。それをもう少し互いの良い所を取り入れて、そしてうまく受け入れてもらいたい。
時間がありませんのでひとつだけ具体的にお話しします。ハナウマ湾という所があります。昔は誰でも行けました。ところが私が駐在している時に観光客に対して入場料を徴収することになりました。魚が餌を食べ過ぎて駄目になる、海洋汚染があるという理由で、現在は見るだけの所は観光バスでも行けます。実際はそこから海のそばまで降りてゆかなければなりません。そこは真珠湾にあるような環境保全の映画を見せてくれてから降りるのです。そこへはタクシーか自家用車しか行けません。営業車は入れません。観光バスは見るところ(Look out)までは行けます。リフトバスで行くのですが入れません。一旦近くの町まで行きタクシーに乗り換えて行くのです。アメリカ合衆国でも障害者に対して部分的にはうまく機能していない所もあるのです。日本の受け入れという意味でも政府にも伝えて行こうと思い、現在活動しています。どうぞ宜しくお願いいたします。(拍手)

・竹内さん(女性):
北海道から来ました学生で竹内と言います。今日はクラブツーリズムの伴流さんにお話しを伺いに来て、今日この会があるので参加してみたらと言われまして、飛び入りで参加しました。建築学科にいるのですが、車イスの方と列車旅行に出掛けたりして、バリアフリー旅行を勉強ですので、今日はためになる話を聞けてよかったと思います。ありがとうございました。(拍手)

・田島 博さん:
現在小さな会社を経営しています。元々人材派遣会社に勤務しておりまして、最後の1年間、医療系の人材の仕事に携わりまして、その後自分で始めたのですが、その延長線上で医療系の強化システムという大それた事を考えて、それはうまく回らなかったので、航空券を片手間に販売したのですが、そちらの方がうまく回り始めてしまいました。気が付いたら丁度丸3年半経ち、今の主力は航空券ということで旅行免許も取りました。そうこうしている内に旅行は非常に奥が深くて、可能性があるなという所で、こちらの会員でいらっしゃるベルテンポの高萩さんの旅行に何回か同行させていただいて、もっと勉強をと考えまして参加させていただきました。旅行業としてこの分野に特化して仕事をして行きたいと思っております。勉強と研究を重ねて可能性を探って行きたいと思いますので、どうぞ宜しくお願いいたします。(拍手)

司会、中子さん:  ありがとうございました。定例会の時間が過ぎてしまいまして、この後懇親会に移るのですが、ご予定があってお帰りになられる方もいらっしゃると思いますので、一旦ここで終了させていただきます。
曽根原さんと草薙さんからお話しする内容をいただいているのですが、懇親会 でお話しいただきたいと思います。
それでは中島さんと榛葉さん、今日はありがとうございました。(大きな拍手)
皆様、長い間ありがとうございました。これで終わらせていただきます。

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