「もっと優しい旅への勉強会」定例会報告

2004年11月 定例会の報告
おそどまさこさんの定例会講演会

この日の定例会は久しぶりに霞ヶ関にある日本旅行業協会(JATA)の4階会議室で行われました。JATAでは3週間前からの会議室予約受付開始と、使用料が以前の様に無料ではなくなったため、会報告知などで会場が確定しなければならないことから、利用しにくくなってしまっております。今回はJATA中尾さんに会場確保と使用料について、特別のご配慮をいただくことで実施させていただきました。

開催挨拶が当会プログラム委員の重岡さんからあり、草薙当会代表からおそどまさこさんのご紹介がありました。19時開始予定時間にはほとんどの座席が埋まり、いつになく熱気を感じられた定例会でした。その熱気をムンムンと発散したおそどまさこさんが正面に着席されると出席者の熱い視線が集中しました。

草薙代表による、講師プロフィール紹介

フリーランス・トラベルデザイナー。学習院大学文学部フランス文学科卒業。八ヶ岳南麓標高1000mの森の中に仕事の拠点を持ち18年、女性のひとり旅から子連れ旅、体力に不安な熟年層や身体に障害を持つ人の旅など、旅立ちにくい人の旅の可能性を広げることをテーマに、著述活動やツアー企画・立案をしている。好きな仕事しかしない方針。人まねをしない、オリジナル、マイペースを貫いてきた。ちなみに私と同い年だそうでございます(笑)。
1995年春から、盲導犬連れや白杖使用の視覚障害者、手動や電動の車椅子、松葉杖、杖など
を使用する肢体不自由者、脳梗塞やくも膜下出血で麻痺が残った人、人工透析など、様々な病歴・障害を持つ人が参加しやすいツアーを企画し・同行している。数年前、トラベルボランティア(旅先介助ボランティア)のしくみを考え、実践し、この6月ジャパン・トラベルボランティア・ネットワークをNPO法人にした。
私はおそどさんと一緒に北海道旅行をしたことがあります。突然層雲峡で目の前に大きな石が落石で落ちてきました。私はボオッと立ちすくんでいたのですが、おそどさんはちゃんと後ろを振り向いてタタッと駆けて避難されました。さすが逃げ足が早いなァと(笑)感心した思い出があります。
著書は40冊近くあるが、バリアフリー関係は、延べ67人の様々な障害を抱える英国人の世界旅行体験記「車椅子はパスポート」(山と溪谷社刊)、「障害者の地球旅行案内」(晶文社刊)、「極上の地球旅行 コツのコツ」、絵本「オラ、サヴァ、チェリオの地球冒険の旅 パリ祭」(両方とも自由国民社刊)など。最新刊に「無敵のバリアフリー旅行術」(岩波書店刊)がある。
(株)地球は狭いわよ代表、/ NPO法人ジャパン・トラベルボランティア・ネットワーク理事長
URL:http://www.womanstravel.net/どうぞよろしくご講演の程お願いいたします。

おそどさんのお話し

皆さん、こんばんは。本日は問題提起でやってきました。
およそ10年前、1995年2月に、盲導犬の航空運賃は無料であることを取材で知り、盲導犬を連れた旅をしたら面白いなぁと、飛行機を盲導犬でいっぱいにしたら面白いなぁと思ったことから、私のバリアフリーツアーの取り組みがはじまっております。

私は福祉の現場から出たのではありませんし、善意溢れているのでもありません。旅が大好きということで旅をすすめる仕事をずっとしてきました。
20代の頃の仕事のテーマは〝女ひとり旅〟の旅立ち支援。29歳の時に子どもを生みましたので、子どもを持った後も旅を諦めたくないとの思いから、30代は〝地球子連れ旅支援"もテーマに加わりました。その後世の中ではファミリー旅行が多くなり、私が子連れ旅を扱わなくても旅立ちの可能性は広がったと判断したので、次なるテーマを探しておりました。私を必要としている旅の分野はないだろうかと探したのです。
まだ旅に出られてない人はどこにいるのかと見回した時に、からだの不自由な人や、病気、手術、闘病された方々が旅をあきらめているという実態を知りました。何か私にお手伝いできないかと思った時に、この『もっと優しい旅への勉強会』が新聞記事に載っていたのです。
当事、私は既に新聞に記名で連載記事などを書いていましたし、旅行のガイドブックもたくさん書いていましたので、地球ひとり旅には詳しかったのですが、障害を持っている方の世界はまったくわからないまま、この勉強会の定例会の会場に来ました。ここでいろいろなお話をお聞きし、私もできるかもしれない、思ったのです。つまり、バリアフリーツアー作りに取り組むきっかけを与えてくれたのがこの勉強会でした。
そのことは、ここにある『オラ・サバ・チェリオの地球冒険の旅、パリ祭』の中に触れています。この本は、1998年7月に出版しました。目の不自由な盲導犬を使っている人と、耳が不自由で口話(口の形で読み取ることができる)を理解する人、電動車イスの〝エリック〟を操っている足の不自由なサヴァの3人が助け合ったパリ祭に行く物語です。そこには健常者のサポートがありません。障害の違う人3人が残存能力を出し合って助けあってパリへ旅するという展開です。
その頃私は、バリアフリーツアーの企画・コーデイネートに取り組んで丸3年、健常者が障害を持った人を助ける構図だけではなく、もっと違った介助の方法があるのではないか、と思いはじめていました。障害のある人は一律に同じ障害ではなく、目の不自由な人は足は丈夫だし力があります。車イスの人は歩きにくかったり歩けないかもしれませんが、目の代わりをすることはできます。耳の不自由な人は歩けるし、音が聞こえにくいか聞こえないだけであってそれ以外の力はあるわけですから、その三者が助け合って、健常者の力を借りずにパリ祭に行くことだって可能だと思ったのです。この本の中では、目の不自由なチエリオと足の不自由なサヴァと耳が不自由なオラは、この〝勉強会〟で出会っています。もっとやさしい旅への勉強会に敬意を表して、そのような表現にしました。この本の〝はじめに〟をちょっと読んでみます。
『ミズ・チェリオは盲導犬をいつもつれて行動しています。大学に通うのも旅に出るのも。彼女は18歳から全盲になりました。サバはバイクで走っていた時交通事故にあり、歩くことができません。足の代わりに電動車イス〝エリック〟に乗っています。オラは耳が不自由ですが筆談が得意です。国内ひとり旅の経験があります。彼の背中にはいつもリュックが背負われています。この中にはオラの旅にとって必要な旅道具、例えば旅先の地図や筆談用のノート、首から下げるボールペンが入っています。これで筆談や絵でいろいろな人と話ができるというわけです。3人は勉強会で知り合った仲間です。身体に障害を持っても旅立つにはどうしたらよいか、いろいろなゲストの話を聞いて‥‥』と、この勉強会が、この〝もっと優しい旅への勉強会〟のことですね。
ですからこの勉強会で知り合った目の不自由な人と耳が不自由な人と脚の不自由な人が3人で、パリ祭でもどこでもいいから健常者の力を借りずに旅をしてくれたらこの本も生まれた価値があったかなと思います。
この本を作った想いは、障害者だ、健常者だという棲み分けをなしにして、得意不得意、個性という発想で助けあって旅ができたら素晴らしい、それはできるのだ、ということを伝えたかったのです。
10年取り組んできて、最近は、足が不自由で車イスとか、目が不自由で盲導犬とか、白杖、車イスを押す押さないとか、物理的な問題はたいした問題ではないのではないかと思いはじめています。むしろ難しい問題というのは、障害を持った人が、今はまだバリアフリーツアーという隔離されたツアーに参加している状況だと思うのですが、一般のツアーに参加できるようにするにはどうしたらいいのかということです。
ここで、私の実績をお話しておきますと、1995年2月から45本のツアーを企画・同行し、855名の方がツアーに参加しています。その内半数が身体の不自由な方で、その半数25%の人は目の不自由な方。肢体不自由の方が25%でした。あとは健常者でした。別に意図的にそうした訳ではありませんが、そのような構成で旅をしてきました。国内旅行も含め旅行に参加した盲導犬は延べ83頭おります。
最近、私はずうっと気になっていることがあります。それは、日本の空港での元気な熟年・高齢者が身体の不自由な人を見る、刺すような視線です。
成田空港から出発するとき、障害のある人は、プライオリティ・ゲスト(優先旅客)ということで、一番最初に乗せてもらい、現地に到着すると一番最後に降りることになっています。私たちのツアー参加者は混在で、杖の方もおられれば、盲導犬使用者もいるし、車イスの人もおられるわけです。個性的な団体ということになります。一方、空港で早く飛行機に乗ろうと、年配の方たちが列の前の方に陣取っています。その中には杖をついている人もいるのですが、その人たちが私達のツアーの人々を見る目というのが〝蔑む目〟というのか、障害を持った人を見下すような、自分は健常者であるという誇らしげな目をしていると感じるのです。健常者側にいながら、その人は杖をついている。ちっとも変わらないじゃないの、と言いたい。その人がさげすむ目をするとしたら‥‥。これはそちら側の意識を変えないと、一般のツアーに身体の不自由な人が参加できるようにはなかなかならないというこになります。障害を持った人と旅をしようとする健常者と、「私は健常者よと、障害者は別よ」と思っていたり、考えを持っている一般のツアーに参加する人たちの溝は、はたして埋められるのでしょうか?
物理的なことはカバーすればいいわけですが、心の問題というのは、旅の分野だけではなく、教育も問題もあれば、環境も問題、親の考え方など、いろんな意味で長い時間かけてその人はそういう固定観念を持ってきているので、そう簡単には直らないのだろうなと思っています。これを何とかしないと一般のツアーに障害のある人は参加できないなあと感じているところです。
この10年間、ユニバーサルな発想のツアーをめざしてツアーを企画し同行してきた中で、いくつか現地で悩み、乗り越えてきた事例がありますので、本日は披露して、問題提起したいと思います。

問題提起(1):メキシコのマヤ遺跡、ピラミッド、チチェンイッツァに登りたいという全盲、弱視、80代の高齢者の希望にどう対応するか

「場所はメキシコです。ユカタン半島にチチェンイッツアというマヤ遺跡があります。靴の半分よりもちょっと広い幅の階段があります。四面あり、1面に91段、一番上に1段あります。91段が4面で364段、最後の1段をたしてちょうど1年間の日数である365日と同じ段数になります。2面は登れますが、残りは崩れてしまっています。つまり92段の階段で手すりはありません。真ん中にエアーズロックのような鎖のようなロープのようなものが張ってあります。登る人も降りる人も同じ場所です。高さは約40から45mです。頂上から地上の人を見ると小さく見えます。
私のツアーは人数が少なく10名くらいの人が参加しました。ものすごく熱心な、絶対にピラミッドに登りたいぞという人たちだけが参加しました。
全盲で単独参加の60代男性、84歳の健常者の女性、50代の弱視の女性、もうひとり全盲の男性がいたのですが、その人は糖尿病で体調を崩していたので、日陰で待っているということでした。皆気合を入れて、登るぞ!という感じでした。私のツアーでは、トラベルボランティアという人が存在します。同じツアーの中で単独参加する障害者をサポートしながら旅してもいいという健常者と単独参加希望の障害者を引き合わせて、トラベルボランティアをする健常者の旅行費用を30%引きにして、トラベルボランティアにサポートしてもらいながら旅したい障害のある旅人のツアー参加費用を30%増しにして、組み合わせて旅するシステムをしています。
旅行中、車イスを押すだとか、手引き介助をしてもらいたいする程度のサポートを必要とする障害を持った旅人がトラベルボランティアの参加費用の30%を余計負担するということです。生活介助が必要な人は、いったいなにが必要かをカウンセリングして、負担費用を決めていきます。このシステムを1997年から試行錯誤ですすめてきました。負担額を50%にしたり、割引率を変えたりして行ってきた結果、生活介助がない傷害のある旅人の場合、30%増しというところで落ち着いています。
2004年6月にその組織を独立させて、NPO法人にして、他のバリアフリーツアーに参加したい、または一般のツアーに参加したい障害者へトラベル・ボランティアを仲介するということも視野に入れてNPO法人にしました。
そのメキシコへのツアーでも何組かがトラベル・ボランティアが活躍していました。60代の健常者の男性が全盲の60代の男性についていました。弱視の女性にも女性のトラベルボランティアがついていました。ピラミッドはまったく手すりがなくて、障害のある人も皆、登りたいという意思が強い。そんな時にどうしたらいいのか。前例が無いので答えがないのです。その都度考えて一番いい方法に持って行くように努力してきたのですが、その時ほど震えたことはありませんでした。
トラベル・ボランティアの60代の男性は最初からサポートする相手の全盲の男性と話し合って「絶対に一緒に登りましょう。僕がサポートしますから登りましょうね」と言って、二人で気合を入れて、難しい登り口から登ろうと進んで行こうとしていました。そこで私は「ちょっと待って!」と呼びかけ、もう一度皆に集まってもらいました。そして確認をしたのです。
「このメキシコのチチェンイッツアは92段で手すりなしです。靴の3分の2位しか乗らない古い遺跡ですから、ごつごつしており真っすぐに登れません。それを登る時に健常者の人が障害を持った人をサポートはできません。障害を持っていようと持っていまいと、92段は誰もが怖いし、誰もが落ちるかも知れない。健常者の人がサポートしようとする気持ちを常に持っているのはいいことなのだけれども、このピラミッド登頂では、その気持ちを捨ててください。障害のある人も、健常者に頼らず、自分自身で登れると判断したら、登ってください。自分で考えて、自己判断、自己決定をして、自己責任で登るのですよ」
この階段を登るにあたって、それは目が不自由であろうと、足が不自由であろうと皆怖いのは同じだから、目の不自由な人も自分ひとりで上がるということを出来るのであればOK、誰かのサポートを受けて上がらなければならないと思う人は自分の判断であきらめて、あるいは上がってゆけるかもしれないし、自分ひとりで方法を考えて上がれるのであればOK。でもそれが他の人の世話になるのであれば、それは難しいのではないかと私の意見を述べて、皆の判断をそれぞれにしていただいたのです。
結果ですが、80代の女性と60代の健常者二人は元々やる気満々でしたので、あっというまに上に登りました。続いて全盲の男性も一歩一歩と上がって私よりも先に上がりました。弱視の方もどんどん上に登ってゆきました。ビックリしたのはガイドさんでした。まさか登ると思っていなかったようなのです。このツアーは人数が少なかったので添乗員なしで、現地でガイドにアテンドしてもらいました。現地ガイドは私よりも体格の良い女性がつきました。当然障害を持っている人たちなので見るだけ、触る程度で諦めるに違いないと思っていたのでしょう。皆がどんどん登って行ってしまうので、ビックリして彼女も登ったのです。私もゆっくりマイペースで登っていきました。
登ったら降りるわけですが、一番上で「怖い」と言い「もう降りられない」と言ったのは、健常者の女性だったのです。私が最後に上に着いたら、全盲の人と弱視の人は降り始めていました。私とガイドさんは最後に降りました。私は怖くてたまらなかったので、お尻を階段に落として、前向きに腰掛けながら降りました。幸いにして、みな、無事降りることが出来ました。
最初から障害を持った方を危険だからチチェンイッツアに近づけないという考え方もあるのですが、でもやっぱり行きたい所は行きたいし、見たいものは見たいし、登りたいものは登りたい訳で、どこでどうしたらいいのかということが難しい所なのです。10年間で一番冷や汗をかいたのはこの経験でした。
私のとった方法が正しかったのかどうか、皆さんにご意見を伺いたいと思っております。健常者側にも問題があることがあります。いつも障害を持った人をサポートする立場にあると思い込んでいることです。サポートできる時とできない時があるのです。

問題提起(2):イタリアのピサの斜塔、登頂を希望する視覚障害者を盲導犬と共にあげるべきか?

次に判断を間違ったと思われる経験がありますのでお話します。
それはイタリアのピサ斜塔でのことでした。ピサの斜塔には2回ツアーででかけています。1度目は主催旅行会社の現地支店が、障害を持った人はピサの斜塔に登れないと言ってこられました。いや、そんなことはないはずだと話して、登りたい人は登れるし、足の不自由な人は元々諦めているから、目の不自由な人は暗い階段であっても自分ひとりで登れるんだし、それぞれが自己判断で登ってゆくので、登りますということで、道を開いていただきました。
また、少し前のイタリア旅行でピサの斜塔に登ることになりました。その時に盲導犬の使用者がおられたのです。盲導犬の使用者が盲導犬を連れてピサの斜塔にどうしても登りたいとおっしゃられた。それは世界的にも初登頂ということになりましょう。バリアフリーツアーをはじめた頃の私であれば、盲導犬がピサの斜塔に一緒に登ることは素晴らしいことだ、と思ったでしょう。
しかし、どうしても盲導犬がピサの斜塔に登ることに、賛成はできませんでした。でも、どうして賛成ができないのかという理論がはっきりしていなくて、本人がどうしても登りたいと言うのと、サポートする方がいいですよ、私がサポートしますからとおっしゃられ、関係が簡潔してしまったので、盲導犬を連れてその方は登っていかれました。
しかし、行きは良い良い、喜んで頂上で写真を撮って、降りてくる時に大変だったのです。その日は雨上がりで斜塔の階段はふつうでもツルツル滑る上に皆の歩いた後がぬれていました。その上、急な狭い階段で、登る人と降りる人が途中で交差しなければなりません。 結局、盲導犬使用者とトラベルボランティアは無事降りてこられたので良かったのですけれど、割り切れない思いが残りました。
それはチチェンイッツァと同じなだと思います。ピサの斜塔の中は階段がななめになっていて、雨の後ですとものすごくすべってしまい、それから壁も水分がいっぱいついていて、目が見えていようがいまいが、ひとりひとりがものすごく注意深く上がって行かなければいけない場所であって、健常者がその人をサポートするというのは往きは良いかも知れないけど、帰りは目の不自由な人をサポートするのが精一杯であって、盲導犬まではサポートできないわけです。盲導犬が盲導犬として役立つ現場であれば盲導犬を連れて行くのはOK。例えばベネチアのゴンドラに乗り、その後にすぐサポートができるわけです。色々な意味で盲導犬として役立つ場面であれば盲導犬を連れて行くのは当然だけれど、ペットのように、何々ちゃんと一緒に上がりたいから上がりたいという考え方で、盲導犬としてユーザーをサポートできない場合に、盲導犬は斜塔の入り口近くに残していくべきだったと思うのです。 
目の不自由な人が盲導犬を連れてピサの斜塔に登ること、しかも善意溢れる健常者のトラベルボランティアがサポートして登るというのは、一見よさそうに、美しく見えるのですけれども、やっぱりそれはまずかったのではないかと思うのです。その理由をご本人は理解できないと思うのだけれど、私はちゃんとそれを説明すべきだったなと思うのです。トラベルボランティアの善意というもののあり方を確認できず、私自身もそれを止めることができなかったということを反省しています。
旅では前例がないことを素早く、より良い方向に向けるよう判断しなければなりません。

問題提起(3):ミラノのドゥオーモ、大聖堂、カテドラルの屋上へ健常者がしきっていいのか?

もうひとつの問題提起です。
ミラノのドゥオーモ、大聖堂、カテドラルがあります。あそこは屋上にあがれるのですが、レース網のような美しい建物です。高さ5階程の高さで、屋根の上に行くエレベーターがあります。そこで1時間ほど解散して自由行動にしました。短い時間の場合にはそれぞれしたいことが異なりますので、登りたい人は登り、街歩きしたい人は街歩きをしましょうと集合場所を決めて解散したわけです。 障害を持った人もエレベーターで屋上に登れるので、登りたい人は登っていらっしゃい、とエレベーターの位置を知らせました。私はそこについて行きませんでした。
1時間の自由行動後、全員で集まったら、屋上へ登りたい人たちが登らなかったというのです。
そのメンバーには、手動車イスの人、そのトラベルボランティア2名、盲導犬使用者と介助者、その他に健常者数名がおられました。皆でエレベーターの所へ行ったのだけれども、入り口で門番に盲導犬は駄目だと言われて、盲導犬使用者は駄目なら仕方がないと諦めたのです。そしたら他の人たちも諦めてしまったと言うのです。どうしてと聞いたら、健常者の中に福祉畑におられる方が車イスの方をサポートされていて、盲導犬が拒否されんただったら、抗議のために皆さん登るの止めましょうと仕切ってしまったのです。車イスの人は登りたいし、もっと登りたい人は沢山いるのですけれども、皆を止めたような形になってしまったのです。これにはびっくりしました。日常の時間と異なり、旅はそれぞれの人が大枚をはたき、希望と夢を膨らませてツアーに参加します。その希望を摘んでしまうことは、誰もしてはならないことです。
その問題の解決策として、時間を延長して登りたい人は登りましょうということで登ってもらいました。健常者が出過ぎる時もあるんですね。悪意ではなくって、善意から出ているんだけれども、自分はそこで後ろ向きにリーダーシップを取ってしまうというのかな。時間があったので、挽回できたけれど、ひやりとさせられました。

問題提起(4):北海道の猿払のホテル、ランチで案内されたのは宴会場ではなくて、別館の出口のロビーだった

もう一つ、日本国内のことです。
猿払(さるふつ)は、稚内からオホーツク側にちょっと降りた所で狂牛病が最初に出たところです。旅の最終日、1,500円程のホタテ尽くしランチを皆に楽しんでもらってから旭川から飛行機で帰ろうという日程でした。ツアーは利尻島と礼文島がとても面白かったのですが、礼文からの船はすごく揺れて大変でした。ツアーを成功させるには、余韻を大切にすることが求められます。そういう意味ではホタテのランチは重要な要素だったといえます。
ところがそのホテルは横に長いホテルで、宴会場はツアーが立ち寄ってランチを食べるためにセットされ、どの部屋もにぎわっていました。ところが、私達が案内されたのは宴会場ではなくて、別館の出口の玄関ロビーでした。緑の公衆電話もあれば、フロントもあるし、通常はソファーとアか置いてあったり、待ち合わせするような場所で、寒々した所にわれわれツアー参加者24,5人程のためのテーブルが作られていて、外からのガラスのドアを開けるとすぐ食事といった感じでした。私は激怒しましたが、それを皆に見せるわけにはいかないので、皆にはホタテを食べといてもらって、添乗員と一緒に裏に行って、抗議しました。支配人がいなくて、その下の人と話しました。「皆さん障害をお持ちだとわかっていたので、出入り口が近い方がアクセスしやすいと思った」と、本当に白々しいことを言うわけですね。
とにかく参加者にはご飯を食べてもらって、添乗員と相談して、とにかく現場の無礼に対してお詫びの態度を示してもらうこと。それから、参加者に対しての失礼をなにかさらに考えなくてはならないと話し合いました。こういうときは謝って済むものではないのです。クールに交渉に入ったわけです。干したホタテの結構高いものをワンパックづつお土産としてお持ち帰りいただきますと言うので、皆の不快な気持ちをハッピーにする要因のひとつとしていただきました。先方は、バスの中でお詫びを言いたいと言うのですが、それは怒りを増幅させることになるので、ご遠慮願いました。あとはツアーを終えた後に、どうするかということにしまして、皆にご飯を食べてもらって旭川に向かったのです。
ツアーが終わった後、猿払のホテルの社長からの事の顛末の説明とお詫び状を書いてもらい、それを皆に発送すると同時にツアー代金からひとり3000円位割り引くことで旅行会社と話し合いしました。商品券を参加者に送ることになりました。まあ、一件落着しましたが、不快な想いは今も残っています。
そのツアーの添乗員とも相談をして、やっぱり旅を100%壊したとは思わないけれども、最後の一番大事な所を、皆にいろんな意味で不快な思いをさせてしまったことに対して、やっぱりお金で解決するしかない。旅が終わった後に何か楽しいものが買えたらいいし、美味しい物を食べられたらいいなと、3000円の商品券を社長のお手紙に添えて皆に送ることで決着したわけです。でも壊れた旅は戻ってこないんですね。
バリアフリーツアーを企画するものとして、同行する立場として、障害のある人が今まで幾多の悔しい思いをしてきたわけですが、ツアーの中でそういう場面がやってきたら、障害のある人の怒りを代わりに背負って激怒するのが私の役割かしら、と思ったりしています。今まで、あんなにはっきりと差別されたことはなくて、また怒ってしまった私でした。
いくつか私の体験した事例を述べてきましたけれど、前例のないツアーを実施する以上、答えはその都度考え、見つけて進んで行くしかないと思いますが、会場の皆さんの方で何かお感じになられたことがあったら聞かせてください。

ご意見その1

チチェンイッツアについてのご意見。階段の幅が20数cm程で、足の長さも無い幅の狭い階段、しかも手すりも何にも無いということであれば、通常で言えば非常に危険だと思います。日本から出て行く時にチチェンイッツアのピラミッドに登ろうよと打ち合わせをして、期待もあったの思うのです。
誰かが強制したり誰かがスポンサーになって連れて行ったわけでもなく、自分の意思で出かけられた訳ですし、その場でオーガナイザーであるおそどさんが、自分で責任が持てることを確認されて登りたい方は登ってください、不安な方はお止めくださいと伺いましたので、そのような場合にはその様なことになるのではないでしょうか。これでもし事故が起きたとしたら、世の中済まない事だと思います。
ひとつの例を言いますと、塀があった場合は管理責任がありますので、登らないでしょう。例えば日本の公営プールなどでよくあることは、あれをやってはいけない、これをやってはいけないと、やってはいけないことが非常に多いため、公営のプールに行くのが嫌になってしまうことがあります。他方、アメリカのプールなどを見てみますと、ガードマンいませんよ、深さはこれだけですよ、非常に滑りやすいですよ、走ったら困りますなどと書いてあります。でもガードマンはいません。そこで起きた事故については充分に安全を確認した上で、それでも何かあった場合にはあなたの責任ですと書いてあります。私はそれと同じようなことだと考えます。
万一事故が起きた時は、自己判断、自己責任、自己決定と言っても、責任者はいろいろな形で責められ、おそらく裁判ということが考えられると思います。怖い分野ですから、もしそれが主催旅行であったとしたら、その様なことはさせなかったのではないかと思います。そうでなければ書面をもらうことなども考えられます。念書をいただくということになると思います。言った言わない、聞いた聞かないという問題になりますので、全員から念書をいただくことが望ましいと思います。私がもし同じ立場であれば、おそらく、ここまではご案内できますが、これからはこのピラミッドは崩れるとは思いませんが、登るか登らないかはその人の責任ということになってくると思います。楽しみを抑える、奪う権利はないですが、非常に難しい所だと思います。

ご意見その2

ホテル勤務をしている者ですが、磐梯山周辺の簡単な登山ガイドもしております。それ程標高差がある山ではありませんので、皆さんをご案内するのですが、私は健常者の方しかご案内したことはありませんが、実際ですねここから登りましょうか戻りましょうかという判断は、気温、風、予測される悪天候の度合いで状況が変わってくる訳なのです。今の二つのお話を伺いますと、片方は古い遺跡、地理的要因に左右される場所だと思いますし、ピサの斜塔も似たような状況だと思います。バリアフリーがあって、天候、地理的要因が関係ないところであれば、全然そのような問題は出ないと思います。悪天候が予想されてピークを目指したいという時は、私たちの場合は通常よりもガイドの人数を多くすることが多いです。お互い助け合って行くという状況が判断できる人たちがより多いことであれば安心感があると思います。ちょっと状況がわからないことは、見えない方がピークを目指して達成感を得られた、見える健常者の方が高さ、足元が見えるということで不安と恐怖感があった。どちらをとるか、現場を見ていないので判りませんが、私が現地のガイドであれば、ガイドがあと二人いて支えられる状況であればお連れしますよということがあるかも知れないなと思いました。

ご意見その3

私は全盲なのですが、先程の話を聞いてなるほどなと思ったことがあります。怖い所に行くことは、怖さが解らないのです。ガイドしてくれると言われれば、そうですかと思って行ってしまいます。その時にガイドもできないので自己責任で行くのですよとはっきりと言ってもらえることは、すごく良いことだと思います。だいたいそのようなことは言ってくれませんですね。頭から駄目ですよと言われることが多いので、負の情報といいすか、そうしてくれれば私は這ってでも登ってしまうか、危ないから止めようかなという判断にもなりますし、確かに人間はガイドができるできないのうち、でききないということを言うことはすごく良いことだと思います。正しかったのではないのかなと思います。盲導犬のことについては正しいと思うのですが、私もよく感じるのですが、盲導犬使用者は盲導犬は自分の目の一部なんだからという発想をします。それはちょっと違うのではないかなと思うことがあるのです。汚い犬でも盲導犬だと言われて脇でご飯を食べられることがあるのですが、私はそれは非常に嫌なので、ペットのような盲導犬はよく私の事務所にも来ていますので、あれ盲導犬ではないよね。どこからが盲導犬だという説明をきっちりと説明することが大切ですし、盲導犬を普及させている側の教育の問題なのかなと思います。盲導犬協会などにしっかりと知ってもらいたい問題だと思います。

ご意見その4

私はヨットをしているのですが、ヨットに人を乗せる時には今と同じ状態が常にあるのです。無事に帰って来た時でも、いやあ危なかったなという繰り返しなんです。その時は最低限の装備、例えばライフジャケットを着けるとか、先程の場合は鎖があるのなら鎖を使って登れとか、それぞれの個人にきちっと装備をさせてしまうことだと思います。それをしない人は乗せない。風が吹いたら主催者の権限で決めることだと思いますが、旅行はどこまでできるのかお聞きしたいと思います。
【おそどさんの意見】
風が吹いたからチチェンイッツァを諦めなさいとはいえませんね。50万円近くのお金をかけて皆さん旅立ち、チチェンイッツァに登りたくて来ているのですから、それを止めるという権利は誰にもないのだけれど、でもその結果を自分で責任を持つという覚悟で受けてくれればいいけれども、世の中はそうじゃないと思うのです。きっと何かあったら、なぜ止めなかったか、とおそどまさこは袋叩きになると思います。

ご意見その5

先程私は自己責任についてお話しましたが、いくら海外であっても行っているのは日本の人たちのグループですし、オーガナイザーも日本人ですし、日本の法律もついてゆくわけです。法律があるかないかは別としても、ある意味での絶対的な安全の確保は必要だと思います。難しいのは理解できますが、例えば以前添乗員が連れて行ったツアーで参加者が亡くなったケースがありましたが、結果的には添乗員の責任、ツアー会社の責任が問われ、裁判になって敗訴したことがありました。日本の法律はその様な形になっています。どうしてもお客様はきちんと保護されるべきだとされており、そのあたりの判断は非常に難しいものがあると思います。ここまでせっかく来ているのだから登らなければいけない、登らせてあげたい、しかし引き返すのも勇気だとも思います。その時の状況で判断を下すことは非常に難しいことだと思います。つらい思いをされることもあるかと思います。判断するにあたっては安全の保証を確認できないと、その上での自己責任となってくる気がします。
【おそどさんの意見】
安全を考えるのならチチェンイッツァに近づかない方が良いことになりますね。健常者は登ってよくて、障害を持っているからできないということを、健常者が言っていいのかどうかという問題点もありますね。その辺はすごく難しいと思います。
冒険したいし、皆新しいことに挑戦したいし、十分挑戦できる人たちだと思うし、私のツアーでは〝No〟という言葉はいわないのです。危ないからお止めくださいとはいわないのです。これこれの状態でどうしますかと情報を提供して、自己判断、自己責任、自己決定していただく。それで登っていただいているのですけれどもね。でも何か起こった時には本当に大変なことになるのだろうなと腹くくってやっているということになります。

ご意見その6

先程私は自己責任についてお話しましたが、いくら海外であっても行っているのは日本の人たちのグループですし、オーガナイザーも日本人ですし、日本の法律もついてゆくわけです。法律があるかないかは別としても、ある意味での絶対的な安全の確保は必要だと思います。難しいのは理解できますが、例えば以前添乗員が連れて行ったツアーで参加者が亡くなったケースがありましたが、結果的には添乗員の責任、ツアー会社の責任が問われ、裁判になって敗訴したことがありました。日本の法律はその様な形になっています。どうしてもお客様はきちんと保護されるべきだとされており、そのあたりの判断は非常に難しいものがあると思います。ここまでせっかく来ているのだから登らなければいけない、登らせてあげたい、しかし引き返すのも勇気だとも思います。その時の状況で判断を下すことは非常に難しいことだと思います。つらい思いをされることもあるかと思います。判断するにあたっては安全の保証を確認できないと、その上での自己責任となってくる気がします。
【おそどさんの意見】
安全を考えるのならチチェンイッツァに近づかない方が良いことになりますね。健常者は登ってよくて、障害を持っているからできないということを、健常者が言っていいのかどうかという問題点もありますね。その辺はすごく難しいと思います。
冒険したいし、皆新しいことに挑戦したいし、十分挑戦できる人たちだと思うし、私のツアーでは〝No〟という言葉はいわないのです。危ないからお止めくださいとはいわないのです。これこれの状態でどうしますかと情報を提供して、自己判断、自己責任、自己決定していただく。それで登っていただいているのですけれどもね。でも何か起こった時には本当に大変なことになるのだろうなと腹くくってやっているということになります。

ご意見その6

登山ガイドをされている方が話されました。
今まで事故はおありではないですよね。私は事故を経験しています。今年の春も滑落しています。先程のお話で気になったのは、ハンディキャップのある方に対しての健常者、連れて行ってあげたい、達成感を感じてもらいたい、バリアーをはずしてあげたいというお気持ちはわかるのですが、私は山のガイドとしての話として聞いていただきたいのですが、山に登りたいのに登れない健常者もいる訳です。そのパーティーの中でも老若男女体力差があるわけで、おのずとハンディキャップのあるなしの差もこのくらいかも知れませんし、健常者の差もその位かもしれません。それにからんでくるのが、せっかく50万円かけて世界遺産に登るということですね。われわれ一番こまるのが、地元の人間であればまた来てくださいと言えるのですが、その時でしかないという、それを併せての判断というのが一番難しいことだと思います。ですから「山は逃げませんので又来てください」と地元のわれわれの立場では言うしかないのです。20人の内この人は登れるな、登れそうにないなと、いままで何百人、何千人もお連れしていますので、瞬時に判断できます。
【おそどさんの意見】
障害を持っているからあなたは駄目ですということはではありませんよね。障害を持っていても、持っていなくてもいろんな人がいるし、体力も違うし、注意深さも違うし、個人差がありますね。それを健常者の側で100%は理解できないですよね。自分のことは自分が一番知っているから、その人が大丈夫、自分で行けると思ったらそれを尊重してあげるのが道かなあと思っています。誰もその人のお金を出した訳でもないし、その人が自分で稼いだお金で健常者と同じように旅に求めて来ているから、それを誰も止めることはできないと思うのです。ただあきらかに誰が見てもこれは危ない、例えばチチェンイッツアで風が吹いて雨が降っていたら、今日は皆止めましょうということだと思うのです。皆怖いから止めましょうというのなら解るのですが、あなたは障害を持っていて全盲だから止めた方がいいですという訳にはいかないと思います。そこまでバリアフリーツアーは高レベルの対応を求められることになった、ということなんだと思います。

ご意見その7

ヨットに関連した話をされた方のお話が続きました。ジャパン・ブラインド・セイリング・アソシエーション(JBS)という組織があります。目の不自由な方も私達と一緒にヨットに乗りたいねということで、目の不自由な方と一緒に乗ったことがありました。しかしどうやって教えてらいいかがわかりませんでした。そこでJBSという組織があるということでお願いをしました所、来てくれ教えてくれたのです。その教え方は厳しいものでした。そうではないと安全が守れないからとのお話でした。だからハンディキャップでどうこうではなくて、ある一定の能力は持たないと駄目ということです。その判断は山に登るのであれば山に登れる人が判断するしかないし、水の上ならその経験がある人が判断するということだと思います。旅行であれば旅行主催者が判断することだと思います。

ご意見その8

いろいろとお話をお伺いして、自己判断、自己決定、自己責任ということですが、自己とは何なのだろうと考えていました。判断する能力を持つ個人とおっしゃっていましたが、個の確立を言いたいのか、もうひとつは社会の側では基準作りをするということになってくると思います。ですが判断するための情報を与えるということになるのでしょうが、何に対しての自分なのかということを考えていたのですが、回路が私には見つかりませんでした。
自己というのは何を自己と言っているのか。どう思いますかとたずねられた時に、どのような立場でによって異なってくると考えられるからです。職業に対してという場合と、無関係な他人であるのか、または登りたいと思っている目の不自由な人なのか、どういう立場として聞くのかがわからないと応えることは難しいことだと思います。

会報担当から

おそどまさこさんが投げかけてくれたこれらの体験に基づく答えのない質問は、これからの私達が直面するであろう多くの貴重な問題を提起してくれたのではないかと感じました。
この会報をお読みになられて感じることがございましたら是非お聞かせいただきたいと存じます。これらのことをあまり考えないで自然のままに楽しい旅ができる時が来たときにこれらの答えが見つけられるのかなと感じました。

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