「もっと優しい旅への勉強会」定例会報告

2004年10月 定例会の報告
京王プラザホテルのユニバーサルルームとサービスについて

日時:2004年10月20日
会場:京王プラザホテル 南館8階 会議室A
講師:中村孝夫様 (株)京王プラザホテル 宿泊部 副部長

この日は生憎台風23号が関東地方を直撃した日で、都内は強い雨風で夜半に向けて最接近すると報道されていました。物理的な理由で参加を断念された会員が多くいらっしゃいました。
中村さんもこのような天候時はホテル業務が多忙とお聞きし恐縮してしまいました。
長身、ダンディでいつも笑みを浮かべ、この日も私たちにお話をしてくれました。ダークスーツは中村さんのためにあるのではと思えるほどきちっとされた姿勢が印象的でした。

皆さん、今日は足元の悪い中おいでいただきましてありがとうございます。
今日はお手元にレジュメ(下記)をお配りさせていただいておりますが、京王プラザホテルがこんな感じでバリアフリーあるいはユニバーサルデザインに取り組んでいるというお話をさせてもらいます。
先日草薙さん(当勉強会代表)とお話した際に、裏話をどんどんしてくださいとのことですので、表話はそこそこにして、裏話を特に入れてお話しさせていただきたいと思いますので(笑)、宜しくお願いいたします。

レジュメ

○京王プラザホテル バリアフリー元年
○京王プラザホテル バリアフリー再出発
将来を決めることになったきっかけ
気付いたこと、障害の種類、社内の反響・反論、広告禁止令
○宿泊部バリアフリー・プロジェクト
○なぜユニバーサルルーム
ホテルの客室は一晩で売り物にならなくなる超生鮮食料品
REV.PAR(レブパー)の話
○「世界一のユニバーサルルームを創る」プロジェクト
経験をいかに生かせるか
初めての試み ――→ 客室のユニバーサルデザインって何?
ADAPTABLE ADJUSTABLE
○協力会社の貢献
三井不動産(株)、ケアデザイン(株)、(株)日本設計、(株)アシスト、ドリームベッド(株)、三菱プレシジョン(株)、オリンパス光学工業(株)
○宿泊部内のバリアフリー・プロジェクトからバーズアイへ
○ソフト一番、ハード二番
ハードがしっかりしていてもサービスが伴わないと、
○Q&A

京王プラザホテル バリアフリー元年

まず、京王プラザホテルのバリアフリー元年についてお話しします。
1988年に〝リハビリテーション世界会議〟が京王プラザで行われました。アジアで初めての〝リハビリテーション世界会議〟であったそうです。その時をきっかけに、当時はハンディキャップ・ルームと呼ばれていましたが、15部屋作りました。その結果、バリアフリーのホテルと呼ばれたりし、旅行会社各社の会報等に載せていただいたり、新聞にも掲載されたりしまして、一躍バリアフリーに取り組んでいるホテルということで、取り上げていただきました。これが1988年のことでした。

京王プラザホテル バリアフリー再出発

これからが裏話なのですが 、実はそれから私たち京王プラザホテルのスタッフは、作ったということと、取り上げられたということで安心してしまいました。はっきり申しますと、それからレジュメの2番目の項目に〝再出発〟と書いてありますが、それまで何にもと言っていいほどやっておりませんでした。ハードと言いましてもバスルームの入口を少し広げたり、約40mmから50mmあるバスルームの段差に仮設スロープをつけてみたりしたことです。ハードが整備されたにもかかわらず、私たちはソフトの面が全然ついて行かなかったというのが1988年から再出発までの現状だと思っております。レジュメの最後にも書きましたが、ソフトが一番大切なのだと、今から思えば、つくづく痛感させられました。

実は私どもにとって1995年がバリアフリーということで記念する年だったと思います。
その年に何が起こったかとのお話しをします。私どもではお正月に毎年恒例の労使共済の新春パーティーを催し、各バザーなどの収益と会社と組合から出し合ってものを、様々な団体に寄付をしておりました。その1995年の新春パーティーでは「日本盲導犬協会」様に寄付をしようと言う事になりました。イベントの中で、盲導犬協会の方に来ていただいて、皆様の中にもご覧になった方がいらっしゃるかと思いますが、訓練風景とか、盲導犬とはこんなに〝おりこうさん〟なんだというデモンストレーションをやってくれました。このデモンストレーションと一緒に、視覚障害とはこういうことで、こういうことで困っているんだということや、視覚障害者の立場に立ったサービスとはどのようなことが必要なのかということを、お聞かせいただきました。
本当に恥ずかしいことなのですが、このことはあまり普段お話しないことなのですが、「えっ! 障害って車イスだけではなかったの!?」と、目から鱗の驚きがありました。「視覚障害も障害だったんだ」と気付かされた出来事のあった年でした。
その後盲導犬協会の皆さんと仲良くしていただいているのですが、いろいろご指導いただきました。その当時、日本盲導犬協会事務所は笹塚にあったものですから、ちょくちょくお伺いして盲導犬のお話とか、視覚障害者をお迎えするにあたって、どんな対応をしたらよいのかなど、いろいろなお話を聞いて勉強させていただき、今も継続して勉強させていただいております。

1995年にもう一つ起こった出来事がありました。
5月に私どもの人事部で手話教室を実施してくれたのです。人事部がどうして実施してくれたのか、その理由は判らないのですが、初級の手話教室をやるので希望者は集まりなさいということになったのです。3回シリーズの手話教室が開かれました。
その時に講師の先生と一緒に、多分この近所のビルにお勤めになっていた方だと記憶しておりますが、聴覚障害を持った方がいらっしゃいました。そこでいろいろとお話を聞かせていただく中で、これも又お恥ずかしい話しなのですが、障害の中には聴覚障害というのもあるのだということを、私たちが意識し、気付かされた大きな出来事があったのです。

今から思い起こせば、レジュメにも書きましたように、京王プラザホテルのバリアフリー再出発、今があるきっかけは1995年であったと思っております。

障害は車イスだけではなくて、視覚障害も聴覚障害もあることに気が付いたことと、その手話教室の先生が、手話教室に集まったスタッフ30人程を前にして授業の始まる前にこう尋ねられました。「このホテルには従業員は何人いらっしゃるのですか」。その頃は今よりも従業員が少し多かったので 「1,200名くらいです」とお応えしました。すると先生は「30人が手話を一生懸命勉強してベラベラになったところで、聴覚障害者って全然嬉しくないのですよ。」とおっしゃいました。
最初は何を言っているのかわかりませんでしたので詳しくお話を聞きました。「本当に聴覚障害者のことを思うのであったら、これから私がお教えする手話をやってもらうこともいいけれども、接客部門のスタッフ全員にメモ帳を持たしてください」と話されたのです。そのお話に私はいたく感激しまして、バリアフリーはこんなことから始めるのだという〝気付き〟があった年でもありました。今でもフロントやベルボーイなど接客部門スタッフ全員、胸ポケットにメモ帳を持っております。勿論これは聴覚障害の方のためだけではなく、自分のメモとしても使います。10年経った今でもずうっとこの伝統が続いております。

このように、京王プラザホテルのほんの一部の人間が、バリアフリーに気付いていたこの頃、私は館内でも結構うるさく、声高にしていた部類でしたので、「こうしなければいけない、ああしなければいけない、あそこはだめじゃないか、、、」と自分なりに推し進めておりました。しかし館内の反応は当時ネガティブなものが多かったのが事実です。

京王プラザホテルは、今でこそホテルの中ではある程度、バリアフリーを推進したり、ユニバーサルデザインを推進したりしているということで、多くの方々に知っていただいております。当時から理解がある上司に恵まれてよかったねという話になるのかも知れませんが、内幕を言いますと、そうではありませんでした。例えば当時、私がロビーを改装しなければと言い出しますと、ある上司が私を呼んで「中村、そう言うけども、お金を掛けてそれだけ儲かるのかい?その分回収できるのかい?」と言われたり、「改装してロビーが車イスだらけになったらどうするんだ?どう責任とるのか」と真剣に話す人がいたのです(笑)。秋元さんも笑っていますけど、きっと秋元さんも同じ様なことを言われた経験があるのではないかと思います(笑)。

このような環境でしたので、館内を改装するためには館内の上司を説得してゆかなければなりませんでした。最初からつまずいちゃいまして、最初の3年間ほどは、かなり大変であったと記憶しています。
その当時、世間でバリアフリーというのが取りざたされていた頃でしたので、私どもも1988年に作った15部屋をいろいろと手を加えながらも、ある程度ニュースリリースされたりしておりましたので、お陰さまで取材の方が多かったです。大手の新聞を始めとして、旅行関係の新聞や雑誌など、いろいろと取り沙汰されました。しかし、その頃総支配人-ホテルの総支配人はとても力がある役職なのですが、この人が右と言えば右、左といえば左なのです-から通達が出ました。特に広報関係に出たのです。『バリアフリーのことを取り沙汰するのは良いけれども、うちからの積極的な情報発信は止めましょう。ホテルなのだから、バリアフリーなんかを売り物にするのではなく-私はこの言葉が恥ずかしいけれどもそのまま言っちゃいますと-料理とか豪華さを売り物にすべきでしょう』と言われ、ストップがかかったことがありました。
これは90年終わりごろまで2年間ほど続きました。新聞社などが取材で来るのは拒否するわけにはいかないので受けます。ホテルはバリアフリー・ルーム、当時はハンディキャップ・ルームと言っておりましたが、それをお見せします。但しこちらから、例えば当時スタートしたばかりのホームページなどに載せるのは止めましょう、というような時がありました。本当に今思い起こせば、何ということはなかったのですが、当時の私たちは「なんでだろう」と思いました。きっとそれを命じた人たちも、心に思うことがあったのだと思いますし、時代だったのだなあと思います。

宿泊部バリアフリー・プロジェクト

そんな中、特に私のいた宿泊部では、どうしてもこれから増えつつある障害を持った方の旅行、それからその先には高齢者、高齢になるとどっか障害がでてきますから、高齢者の旅行がどんどん増えるだろうと読んでおりましたので、少なくとも15部屋を利用して、何とか心地良い空間を作ろうよということで、宿泊部の中でバリアフリー・プロジェクトを97年頃に立ち上げました。保有している15部屋のハンディキャップ・ルーム(当時の名称)の有効利用の方法とかを研究をしてまいりました。
その時研究してよかったと思うことは、例えば、客室のセットアップの仕方、お客様の意見や、お泊りいただいている障害を持った方の意見を積極的に聞くことなど、そういう姿勢の基礎ができたのがこの頃じゃないかと思っております。

その頃から今までずっと続き、多分他のホテルではやっていないことのひとつに、予約の取り方があります。
私どもは当時の15部屋、それとこれから見学していただく新しい10部屋、全部で25部屋ユニバーサルルームと呼んでいる部屋は全て本館のデラックスルームという位置づけです。まずデラックスルームの正価(私たちはラックレートと呼んでいます)があります。しかし、当時われわれが決めたことに、『どんな料金で入ってこようと、どんな特別料金、どんな安い料金で入ってこようとも、もしその方が車イスのユーザーだったら、このお部屋を提供しましょう』というものがありました。それからもうひとつは、例えばお電話で「私は肢体不自由で車イスを使っています」とお申し出があり、その電話時点で、お泊まりになりたい日が通常のお部屋をスタンダードルームで販売している時であったら、スタンダードルームでご案内しましょう。勿論その日が混んでいて、本館のデラックスルームしか空いておらずそれで売っている場合はデラックスルーム料金で入っていただくことになります。
このように、予約を取る条件といいますが、そのお部屋を使っていただく条件を、値段をとりはらってしまって、その時の条件でお売りしようと決めました。かなり上層部の抵抗はありました。
ただ、これじゃないとバリアフリーとは言えない、例えば、ユニバーサルルームは35㎡の広さのあるデラックスルームです。一番小さいお部屋は25㎡しかないのです。当然車イスの方は部屋にはいれますが、部屋の中に入ったら、ただベッドに乗り移るしかできないことになります。そんなことでお客様にお金をいただく訳にはゆかないとの考え方からそう決めたのです。 
これは今でもずっと続いております。いろいろなホテルの方にことをお話ししますと、「ええっ、それ勿体ないじゃないですか!」 「混でる日にデラックスルーム料金を特別契約料金で売るんですか?」と驚かれます。私どもはそうしており、90年代後半の宿泊部バリアフリー・プロジェクトで話し合い、決めたことはずうっと今も変わっておりません。

バリアフリー・プロジェクトでは他に何をやっていたかといいますと、95年の時に気付いた聴覚障害者のためにはどうすればいいかとか、視覚障害者のためにどうすればいいかとかなどいろいろと考えました。後でお話しますが、協力していただいた会社、メーカーさんがいらっしゃいまして、私どもと一緒になって商品開発、機器開発をやっていただきましたので、かなり面白いプロジェクト・チームになっていたと思います。又そのプロジェクト・チームでは、95年頃に勉強した盲導犬については、どうやって受け入れるのか、マニュアルを作り、後はトイレの場所を決めたり、といったこともしておりました。

なぜユニバーサルルーム

ユニバーサルルームについてお話いたします。
私どもは他社さんと違ってですね、例えば車イス専用のお部屋とか、聴覚障害者専用のお部屋とか、視覚障害者専用のお部屋というのは、ひとつも用意しておりません。全て兼用です。ですから普通の健常者と同じお部屋を、何かを変えることによって、使っていただこうというコンセプトでやっております。
何故そのようなことをする必要があるかといいますと、実はホテルの客室というのは、一晩で腐ってしまう、一晩で売り物でなくなってしまう、本当に生鮮食料品、超生鮮食料品な訳です。時が経つと消えてしまう、いくら10万円のスィートでも一晩寝かしてしまうとタダということです。売り上げがなくなってしまう訳です。
例えば2003年度のだいたいの宿泊のつかみといいますと、年間平均で85%の稼働率をいっております。これはホテル関係の方ですと理解いただけると思うのですが、かなり稼働率としてはいい数字です。自分でいうのも何なのですが、多分全国一だと思います。
販売部屋数が1,400室以上あるのですが、年間で約45万室、おおむね70億円販売をしております。年間85%の稼働率を維持するということは、おおむね、年間で90日、3ヶ月程、稼働率90%以上の日があることになります。
例えば満室の日、車イス専用のお部屋を作ってあったとしますと、たまたま満室の日に車イスのお客様がおいでになれば万々歳なのですが、そんなに都合よくまいりません。すると部屋が空いてしまい、稼働率100%にはならないことになります。部屋が1000室以上あるのだからいいじゃないとおっしゃるかもしれませんが、やはり出来れば100%を維持したい、売れるときはきちっと販売し、使わなければ売り上げにならないわけですから、何とか販売したい、これは企業にとって当たり前の考え方だと思います。
そうするには健常者も障害を持った方も、どちらの方でも使えるお部屋を作っておかなければいけないということがあるのです。そこで私どもではユニバーサルルームと名付けて、今日これから見ていただきます。何故ユニバーサルルームなとのいいますとこういう理由があるからです。

もうひとつは、ちょっと観点が違うかもしれませんが、デザインの仕方で車イス専用のお部屋はどうしてもバスルームが大きくなってしまい、大き目のお部屋でガランとして、色合いも問題なのですが、ホテルによっては病院なのというようなお部屋を持っているところもあります。そういうことを極力避けようという理由から、健常者も入れるインテリアにする考え方をしてきました。
ですから前の話に戻りますが、ホテルによっては、車イス専用のお部屋があっても、車イスの方が来ない時は空けているので、倉庫代わりになっていたり、スタッフの寝部屋になっていたり(笑)、皆さん笑いますが、他のホテルに聞いてみるとこの事例は多いのです。たまに車イスの方がいらっしゃってそのお部屋を提供するものですから、「この部屋かび臭いじゃない」 とか、低層階に専用のお部屋を作っているホテルもあります。私どもは10階から40階まで客室になっているのですが、22階から30階まで、ある程度景色が維持できるところにご用意しておりますので、このようなことはありません。

専用のお部屋を作ってしまいますと、このようなことになるということです。皆さんはよくご存知だと思いますが、近年、汐留を始めとして赤坂や渋谷に新しいホテルが建っています。ほとんどのホテルの方は私どものユニバーサルルームを見にいらっしゃっております。その時には私は今日と同じ話しをさせていただきますが、どこのホテルも兼用ルームを作られないようです。人様のことですので余計な心配は無用かもしれませんが(笑)、どうしてかよく解りません。

次に REV.PAR(レブパー)のお話です。
これはホテル業界の人にお話しするときに売り上げの話しの前にお話することです。私たちは保有しているお部屋から毎日1円でも多くお金を稼ぐということを仕事としております。
このレブパーと言いますのはその指針なのですが、どこのホテルでも高いレブパーを目指して頑張っております。
それでは、そのレブパーとは何なのかと言いますと、ちょっと覚えておくと宜しいと思うのですが、REVはRevenue、売り上げ、総収入です。PARは言葉の頭文字です。PはPer、AがAvailable、それでRがRoomsのことです。Revenue Per Available roomsとなります。客室収入と言っています。例えば15,000円で売ったり、40,000円で売ったり、その集合体の全客室収入を部屋数で割ったものをREV.PARと呼んでいます。単位は円で出てくるわけです。これをいかに高くするかということが私たちの使命でして、一室でも売れ残るとそれは低くなることになり、会社にダメージを与えていることになります。
ですから高いREV.PERを求めている限り、どうしてもホテルは今のマーケット状態ですと専用のお部屋を-言ってしまっていいのかわかりませんが-作れないということになります。作ったら採算に合わないということになります。普段このことはあまりお話しはしたことはありませんが、そのようなことを考えております。

「世界一のユニバーサルルームを創る」プロジェクト

そんなお話をした中で、ユニバーサルルームが持ち上がってまいります。次の項目にありますが、これからご覧いただく10ルームは2002年に全て開設されました。
その前に「世界一のユニバーサルルームを創る」プロジェクトを作りました。私はプロジェクトが大好きです(笑)。プロジェクトを作って若い人の意見を吸い上げるということで1998年の夏に発足させました。何故かといいますと、以前の宿泊部のバリアフリー・プロジェクトの中で、現存の15部屋に対して、お客様からいただいた声、それから実際に清掃をして次のお客様にセットアップする我われスタッフの声、これもすごく大事なのです。
特にホテルは、話がちょっとわき道にそれますが、ホテルに行って寝て朝起きてチェックアウトするのですが、ちょっと次は違う目で見てもらいたいのです。お部屋によってこのお部屋は清掃しやすいかしやすくないかを見てください。私たちはこれらのことをいつも考えております。ですからなるべくホテルのお部屋は、今は外資系のホテルはかなり手の込んだことをやっておりますが、なるべく、机の脚はできるだけ少な目に、できれば脚が無いほうがよいのです。何故ならば掃除機が入りやすいですから。このようにかなりシビアに清掃のことを考えています。
ホテルではシーツは、敷くシーツともう一枚掛けてお客様はシーツとシーツの間で寝ていただいております。掛け布団に羽毛布団を使っているところが多いですが、以前は毛布だったりしました。 
今はそれも少し変えまして、半分とは言いませんが、ある程度の数が、羽毛の布団を、シーツは下の一枚だけで、羽毛の布団をシーツでできた袋に入れ、掛け布団のようにフワッとかけるのが流行っています。それにすると清掃が2分間遅れるのです。シーツを取ってたたむよりは、袋状になっている中に毎回布団を入れる訳ですから当然ですね。1400以上の部屋ありますと膨大な時間になってしまうのです。
そういうことで止めようということなどがあります。時間がかかるイコールお金が掛かるということですから、それはちょっと今は無理だねということになります。
バリアフリーとは話しが離れてしまいましたが、そんな話しをスタッフとよくするのです。今度どこかのホテルにお泊まりになった時に、このお部屋は掃除しやすいのかな、シーツはどうなっているのかなとご覧になると面白いと思います。

話を戻しますが、「世界一のユニバーサルルームを創る」プロジェクトを発足させて、そこでお客様の声と、清掃のしやすさだとか、セットアップの時間短縮とかをみんなで考えて、これから見ていただくお部屋が出来たということです。そんなに偉そうなことを言って、なんだこの部屋はと言われ恥ずかしいのですが(笑)、このように我われが気を入れて作ったお部屋でございます。

プロジェクトのなかでは、やはりお客様の声を取り入れますが、障害を持った方が使いやすいだけではなくて、デザイン面ではホテルとして高級感を損なわないようにしようとか、デザイナーと一緒になってそれを創りあげようということで、そのプロジェクトの中にデザイナーも入ってもらって、かなり意見を闘わせて創っております。

話がちょっと戻るかも知れませんが、そのプロジェクトの中で、ホテル客室のユニバーサルルームとは何だろうと考えたのです。段差をつけないでスロープにしようとか、いろいろなことは考えられるのですけれども、言い訳を言うわけではないのですが、私どもオープンして33年経ちます。設計はそれ以前ですから、たぶん35年前とか36年前の設計と思います。私たちは今南館におりますが、入ってきたロビーは本館です。ぱっと見てお気付きだとおもうのですが、古いビルだね、柱がいっぱいあるねと思われたことだと思います。その意味では客室は柱と柱の間に作っていますから問題はないのですが、古いビルをユニバーサルデザインにしてスロープにしようと思っても、そんなに簡単にゆきません。客室もユニバーサルデザインの〝ユ〟の字もない時に作っていますので、50mmとか40mmとかの段差があって、それをデザイナーに、こんなふうになだらかにしてよと言います。なだらかにしてもドアが開くときにそのスロープにドアがあたって開かなくなったりしました。

客室内のユニバーサルデザインを考えますと、取り外しが出来る、アダプタブルという思想とか、調整ができる、アジャスタブルというようなことが浮かんでくると思います。この時は私たち全員、実はユニバーサルデザインの勉強はしておりませんでしたが、障害に合わせてこんなふうなのがいいねと、ぱっと模様替えが出来るのがいいねと話し合いました。
それぞれの障害にこのようにしようといういろいろなゴールを作ったのですが、といあえず調整とか、取り外しとかを基本に考えておりました。後からユニバーサルデザインの本を読んだりすると、そのことが出てくるのですね。それはとても嬉しいことでした。こういうのも取り外して普通にして、そのお客様に合わせて取り付けて、使ってもらうとか、そういうのもユニバーサルデザインとして考えられているのだなと後からわかった次第です。
例えば車椅子のユーザーがお泊まりになる時に、どんなお部屋を作ればいいのかという話もその当時のプロジェクトチームで出ておりました。車イスのユーザーが誰でも一人でもお泊まりになれるのは無理じゃないという話しになりました。どこかでホテルとして線を引かなければならない訳です。あなたはいいけど、あなたは駄目よという、駄目とは本当は言ってはいけないのですが、どうしても言わなければいけないケースがあるという話もありました。

一応私どものユニバーサルルームは、例えば車イスのユーザー、肢体不自由なユーザーについては、こんな線を引きました。例えば介護者がいる場合は、どんな障害をお持ちであっても大丈夫です。それなりにちゃんとしておきます。
ただ介護者のいない車イスのユーザーについては、お一人でお泊まりになる車イスのユーザーについては、というようなことで線を引いたのは、私どもはまずお客様の層をプロジェクトで作ったのです。どのような人が泊まりにくるのかということです。
そこで私どもがイメージしたのは、車イスのユーザー、当然下肢が不自由ですから車イスをお使いになっているわけですけれども、上半身は私たちと同様に、あるいはそれ以上に強靭な方。それで主にビジネスマン、イメージとしては自分の車を運転してビジネスをしている、で京王プラザホテルに泊まりに来て、車イスに乗り換えてお部屋にいらっしゃる。だから、ビジネスをするために、お仕事をするために、幅の広い仕事机とかに気を使って入れる。そこで線を引きました。
ですから障害がそれ以下の人は勿論使えるのですが、それ以上の人は少し不便かもしれない。だけども手すりの設置は最低限にしておいて、不足なところは介護者を同伴していただくとかして補ってもらおうという、そこまで詳しく話し合って創ったお部屋でございます。

その他にセットアップ側としては、車イス用のセットを10分以内で出来るように、各メーカーにお願いして、例えば、トイレの便座に手すりがついているのですが、セットをガチャっと差し込んでさっと廻せばすぐに設置できるもの、普通のお客様用にする時には、さぁっと廻してポコッと取り外せばよいように、セットアップを10分で済ませる事ができるという目標を作って、デザインの方とか設計の方にお願いして作りました。

協力会社の貢献

次のレジュメに協力会社の貢献とあります。
私たちのバリアフリーの歩み、あるいはユニバーサルデザインの歩みには、ここに書いてある会社、メーカーと方々の協力がなかったら絶対にできないものだと思います。
ちなみに三井不動産株式会社のケアデザインと言いますのは、私どもの新しいユニバーサルルームの基本コンセプトを作っていただいた会社です。株式会社日本設計さんは、実際に家具をどのような色にしようとか、どういうシェイプにしようとかを考えていただきました。株式会社アシストは聴覚障害者の設備について考えていただきました。ドリームベッド株式会社は、おわかりのように、ベッドの工夫をしてくれました。三菱プレシジョン株式会社は、トーキング・サインという、視覚障害者の誘導装置がありますけれども、これをホテル用に共同開発をしてくれました。オリンパス光学工業株式会社は、スキャン・トークというものがありまして、なぞれば音が出てくるシステムで、現在私どもでは視覚障害者用のルームサービスのメニューに使っております。
その他にも、例えば、株式会社東陶といいまして、トイレのメーカーで、随分ご協力いただきました。これらの人々は、三井不動産のように大きな企業もありますし、株式会社アシストは聴覚障害者のことを30年も40年も考えている会社ですが、スタッフは数人しかいらっしゃいません。でもこのような会社が各々の専門分野で障害を持った方のことを考えて、一生懸命やってきたことを京王プラザのユニバーサルルームを舞台として、ひとつの作品になった感じがいたします。かなり連帯意識があり、これらの人々を一同に集めて飲み会をやったことがあるのですが、お互いに意気投合されて、意見を交わし合って、今でも仲良くお付き合いされているようです。

宿泊部内のバリアフリー・プロジェクトからバーズアイへ

宿泊部内の「バリアフリー・プロジェクト」から「バーズアイ」へ、についてお話します。
バリアフリー・プロジェクトは説明させていただきましたので、バーズアイについて説明させていただきます。いろいろなことを言う上司にもめげず、皆で一所懸命やってまいりまして、今から3年前に社内でエコロジーとバリアフリーを考えるプロジェクトが発足しました。
今は組織的には総支配人の直轄になっておりまして、今取り沙汰されているCSR、企業の社会的責任についてのわが社の看板プロジェクトです。
ホテルは様々な企業の中で、一番とは申しませんが、水も含めてゴミを出す仕事形態の企業なのです。ゴミ、水、電力の消費量が多いと思います。それをいかに減らすか、それから地球環境をいかにきれいに持ってゆくかということを考えたり、バリアフリーでは、ユニバーサルデザインを中心として、ホテルでどのようなことを推進して、だんだん増えてくる高齢者にどのような対応をしたらよいかということを、皆で考えるプロジェクトなのです。

一番の特徴は、大きな企業ではCSRの部を持ったり、課を持ったりして、専任を置いておりますが、私どもでは、人件費も潤沢にありませんし、貧乏会社なものですから、各職場の希望者でプロジェクトを成り立たせています。
各部門、私どもには7部門ほどあるのですが、私の所属しております宿泊部、飲んだり食べたりする料飲部、自分たちが飲んだり食べたりするのではないですよ(笑)、毎日宴会をやっている宴会部、施設を管理している施設部、その他合わせて7つあるのですが、そこかからの若い人たちの手上げで、1年に1回、6月の終わりか7月の始めにかけて募集しまして、7月16日に毎年新しく入れ替えをして活動しております。勿論、半分くらいのメンバーは残るようにしています。
何の目的かといいますと、ひとりが各職場に帰って、プロジェクトで勉強したこと、あるいは自分が発案したことを、職場の仲間10人に伝えれば、またそこで輪が広がるという考え方をしております。もう3年目になりましたが、冬にボランティア・プラザというイベントもそのプロジェクトと労働組合の主催で行っております。広告になりますが、来年は2月21日にボランティア・プラザを実施しますので、是非おいでになってください(笑)。

そのプロジェクトの名前を、高所、大所から見ようということで〝バーズアイ〟と名付けました。この会ができ、総支配人を中心としまして京王プラザホテルでは多分ずうっと、エコロジーやバリアフリーについて進めております。実はエコロジーを推進するにはお金が要ります。ですから、それは実は他のホテルさんに較べて、ちょっと遅れております。どの位で追いつくか分かりませんが、研究は進めております。バリアフリー・チームの方は、ある程度他のホテルさん、企業さんと較べても、ちょっと進んでいる方かなと自負しております。少なくとも業界のオピニオン・リーダーとしてイ位置づけるためには研究を重ね続けてゆかなければならないと思っております。

ソフト一番、ハード二番

最後にソフト一番、ハード二番とあります。昔、カステラ一番、電話は二番とありましたが(笑)、そんな意味で書いたのですが、いかにハードがしっかりしていても、私どもよりもハードがしっかりしている企業はたくさんあると思いますけれども、やはり我われホテルとしてのサービスは、ソフトがちゃんとしていないと、ハードを使いこなせないことは、お客様を余計にがっかりさせてしまうという現象がきっと起こると思います。
ですから、それをなるべく起きないように、あるいはお客様にいつも喜んでもらえるような、ソフトを一番に考えて、それでソフトでカバーできないところを、これから見ていただくユニバーサルルームのような形で表せるようになればいいのかなと日頃思っております。

つたない話でしたが、これで私の話を終わらせていただきます。(拍手)

この後、質問タイムを取っていただき、バーズアイの事務局であり、総支配人室の城所さんの紹介があり、中村さん一緒にユニバーサルルームをご案内いただき、見学させていただきました。

質疑応答/見学タイム

質問タイムには興味深いものがたくさんありました。例えば、どのように厳しい上司を説得したか、ホテルの先住権の問題、ユニバーサルルームの予約時のギャランティーについて、世界一のユニバーサルルームとした理由、ホテル館内のサイン(目印)の課題、社員教育の工夫への質問等々がありました。

本館30階にあるユニバーサルルーム、3011号室を城所さんのご案内で見学しました。
新館の会議室から一旦ロビー階(3F)に降り、本館のフロントの前にあるエレベーターから30階へ移動しました。この日もフロントには車イスご利用のお客様がチェックインをされていました。

部屋に到着して城所さんがドアを鍵で開けると、部屋の中の室内灯が一斉に点滅しており、低くうなるような音でブーッと聞こえてきました。これは聴覚障害をお持ちの方のためのモードになっているそうです。この部屋は約35平米あり、入室すると右手にスライドドアのバスルーム、正面が窓、窓の左側にテレビ、冷蔵庫、その手前に壁に密着しているデスクがあり、車イスでも充分に動き回れる空間があり、窓右側手前に大きめのベッドが二つあります。ベッドの間は車イスが入れるスペースが確保されています。手前の足元には一人用のカウチ(安楽イス)があります。

聴覚障害をお持ちの方用、視覚障害の方用、車イスご利用のお客様用、一般の方用とモードを
かえることが可能です。聴覚障害の方モードは、ドアをノックすると室内灯が点滅して知らせてくれるノックアラート、お休みに時枕の下などに入れる、ピロー型(クッション型)の振動式目覚ましが、振動して知らせてくれる音がしていたわけです。電話着信音、火災報知機に反応し、文字電話がセットされています。点滅したり振動したりした時に、これは何なのかを表示してくれるパネルがベッドサイドにあります。例えばこの時は「ドア・ノック」と表示されておりました。同じパネルがバスルームにもあります。(皆感動!)電話はヒヤリング・エイド(補聴器)などを利用している難聴のお客様は電話をとることが可能なので、電話着信アラートがあるとのことです。聴覚にご不自由のある方は、このコミュニケーション手段が確保されれば、他のことは不自由なく利用いただけ、パネルには緊急と表示されるようになっており、お客様の不安の解消が図られている。VIPリストと同様にアライバル・リストにより、スタッフが誘導する流れです。
このモード切り替えスイッチはお部屋のワードローブ(クローゼット)の中にあり、普通は目に触れないところにあります。

■車イス対象の方のモードについて
ドアを開けて戻るときにかなりゆっくり閉まるようになっている。ゆっくり閉まる間に出入りが可能。ドア位置は真ん中からすこしずらして設置してある。これは車イスでアプローチし、開けた時に車イススペースがあるように工夫されている。ドアスコープがあり、スイッチをいれると外を見ることができる。(皆感動) ライティング・デスクはサイドにレール付きのサイド引き出しがあり、デスクボードの下は手をかける切込みが施されており、車イスの方が車イスを自分で引き寄せやすくしてある。
バスルーム入口スロープは可動式で取り外し可能。手すりも取り外し可能。バスタブの蛇口は手前に寄せてあり手が届き易くなっている。バス・スツール(イス)、バス・マット、ベンチ、乗り移りボードなどはご希望で貸し出している。部屋の角は全て優しい木材で、手でつかみ易く工夫されている。
カウチは電動で立ち上がり補助装置がついている。背もたれには持ち上げ手すりがついており、スタッフが簡単に移動でき、掃除などが簡単にできる工夫がされている。
ふたつあるベッドの内、窓側のベッドは3モーターの電動ベッドで高さの上下、頭部分、足の膝部分が可動。かなり高価なベッドとのこと。高さが可動することは介助の方がとても楽であり、お一人の場合は移乗しやすいと喜ばれたそうです。
お茶セットや、ワードローブのハンガー位置も低く取りやすいセットにすることにされている。

■視覚障害の方のセットについて
なるべく音声で案内できるようにしている。館内にはあまり点字表示がないが、点字を読める方は全体の10%程方々とのことであるので音声装置を優先された。バスルームのシャンプーには輪ゴムをまいてリンス、バス・ソープと区別できるように工夫がされている。読み取り装置があり、電話短縮ダイヤル案内があり読み上げてくれる。これは方向の指向性もあるので位置がわかるようになっている。(皆感動)これは冷蔵庫の内容、並び順、値段を案内してくれる。この読取装置はエレベーターホールでは、「お部屋はこちらでございます」を読み上げてくれる。ドアにもシールが張られており「○○号室です」と読み上げてくれます。(一同再び感動)ロビーのエレベーターホール、2階のレストラン・フロアにも張られているのでお客様は音声を聞くことが可能である。ルームサービスはスキャントークが採用されており、メニューを読み上げてくれる。
身体障害者補助犬同行のお客様のために、犬の敷物、餌の入れ物を用意している。犬のトイレはコーヒーショップの外側に植栽のところがあり、利用してもらっている。

参加者は城所さんと中村さんのお話しに大きくうなずき、感動して聞かせてもらいました。本当にありがとうございました。

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