「もっと優しい旅への勉強会」定例会報告

2003年5月 定例会の報告
「12名からスタートした団体が市民権を得るまで」
講演 石川紀文さん(アクセシブル盛岡 代表)

アクセシブル盛岡は、盛岡を中心にバリアフリーの環境作りを目指して発足し、昨年『内閣官房長官賞』を受賞されました。アクセシブル盛岡代表の石川紀文さんに、「12名からスタートした団体が市民権を得るまで」と題して講演いただきました。石川さんはたえずユーモアを交えて話され皆を笑いの中に誘い、いつのまにか時間をオーバーする程に参加者がその話術に引き込まれてしまいました。

発足のきっかけ

冒頭の切り出しから、「岩手県で今一番有名なのが、ザ・グレート・サスケ議員で、アクセシブル盛岡の会員でした、、、」と、参加者は石川さんの世界にすっぽりと引き込まれてしまいました。
石川さんのご出身は茨城県で、同県で社会福祉を学ばれ、大学卒業後しばらくは茨城県の児童擁護施設に勤務されました。アクセシブル盛岡を立ち上げるきっかけのひとつに、「もっと優しい旅への勉強会」代表である草薙威一郎さんとの出会いと、出会う前から草薙さんの著書との出会いがあったそうです。石川さんご自身も当「もっと優しい旅への勉強会」の仲間でもあります。
茨城県から岩手県の盛岡へ移った経緯について、石川さん曰く「たまたま結婚した相手が岩手県出身で、、、」(笑)。
現在はホテル・メトロポリタン盛岡に勤務されていますが、学生時代から旅行が大好きだった石川さんは旅行に携わる仕事ををしたいと思っていました。現在のホテルからの採用通知が先に届きましたのでホテルマンとなりました。「最近はアクセシブルの仕事が多忙で自分でもどちらが本業かわからない時もあります(笑)」。「営業ですので外出は自由ですが、帰社してから日報を書く時にいつも困ってます。(笑)」この話からも石川さんの活動状況がよくわかります。
アクセシブル盛岡発足への最初のきっかけは、盛岡の車イス・バスケット・チームとの出会いでした。まだアクセシブル盛岡を発足させる前のことで、勤務しているホテルを利用してもらっているこのチームの役員を引き受けることになりました。このチームは日本国内の遠征試合には数多くでかけていましたが、海外遠征はまだなく、是非海外遠征して試合をしたいと望んでいましたので、何とか叶えてあげたいと考えていました。たまたまこれも仕事の関係で出合ったカナダ大使館の方に話した所、とんとん拍子で話が進み、カナダへ遠征旅行となりました。石川さんご本人による事前視察の後に、バンクーバーと盛岡とは新渡戸稲造博士の関係で姉妹都市であるビクトリアへ、平成3年に訪問して交流親善試合を行いました。片方が行くだけでは交流とは云えないということで、カナダ・チームを呼ぼうと話しが進み、平成4年8月の『盛岡さんさ踊り祭り』の時期にに招待することになりました。カナダ・チームが来た時に市内の観光名所を案内しました。その時案内した観光地のひとつに岩山展望台がありました。その当時、岩山展望台には車イスのためのスロープがなく階段だけの場所でした。チームの帰国後すぐに岩山展望台スロープ設計図を自分で描いて働きかけを始めました。翌年、12人の仲間と一緒に設置運動を本格的に始め、市役所や市議会議員に働きかけました。この12人で『飲みながらやろうよ』とアクセシブル盛岡の活動が始まったのです。
翌平成5年にスロープ設置現地調査を行い、チラシ1000枚を準備して始め、マスコミにも大々的に取り上げてもらい、チラシを100枚程配布したところで市議会で設置ことが決まったのです。

会の特徴

会の例会の後は必ず飲み会になるので(笑)、誰でも皆が行けるお店を探すことになり、ある普通のスナックに段差がなく、誰でも使い易いお店なのでそのスナックを利用させてもらい、せっかくだからと『アクセシブル大賞』の賞状を作りまして持っていってそのスナックを表彰しました。
会の特徴ですが、会には『会則なし=会員が面倒くさいのが嫌いですので、それに皆さんだって飲みに行くのにいちいち会則はつくらないでしょう(笑)』『年会費なし=実際には飲み会費用から捻出して活動費用にあてています』『年間計画なし=そんなに先の事はどうなるかわかりませんので、せいぜい2、3ヶ月先のことだったら活動計画がたつだろうとかんがえたからです』『議員は会員にはなれない=議員になったら除名となります。グレート・サスケさん含めて過去2例あります』。とにかく会員は遊ぶことが好きなので、自分たちの遊ぶ施設からバリアフリーを考えて行こうと活動してきています。官庁の施設では遊ぶことはありませんので一切考えません(笑)。
更に会のきまりに『会員は皆平等=会では肩書きは止めよう』『上座は設けない=議員さんは会員になれない、がありますが、但し首長=知事はよいことになっています。これは現岩手県知事の増田知事ご夫妻は知事になる前から会員であったので、、、(笑)』『受付係はいません=定例会では受付は早く来た者が担当することになっています。たまたま会員に岩手県知事がいるのですが(笑)、たまたま知事が早く来た時には受付をしてもらっています。後から来た県職員の会員が受付係を見てビックリ!(笑)したこともあります。楽しくなければ会ではないをモットーに活動しています。」

どんな活動をしてきたか

今まで活動で第一にあげるのことに『現地調査』があり、いろいろ行っています。先に述べた岩山展望台のスロープ設置運動がまずありました。次ぎに愛宕山記念公園の砂利道を舗装することがありました。デパートのバリアフリー化推進、県内の観光地のバリアフリー化、投票所のバリアフリー化などがあります。愛宕山公園についてお話ししますと、昔からある愛宕山記念公園は、駐車場から公園までが砂利道なので車イスの方が利用しずらい事から、運動として車イスでその砂利道を歩いてもらい、その様子をマスコミ(地元テレビ各局)に取り上げてもらい、その日の夕方に放送してもらいました。運動をまだ始めていない翌日に、市役所から「舗装しますから、、、」と連絡がありました(笑)。マスコミとの友好的な有効活用を行っています。
デパートは会の例会でもよく使いますので、トイレなどについて提案しました。その結果は新館建設の際に車イス用トイレを増設していただいたり、車イスのまま使えるショッピング・カートを導入してもらいました。またこのデパートでは手話教室も行ってもらっています。

私達の会は県がバリアフリーに取り組む前から活動をおこなっておりますが、観光地のバリアフリー化については、『バリアフリー観光フォーラム』を開催し、250名の参加者が集まりました。その際に当勉強会代表の草薙さんと京王プラザホテルの中村さんにおいでいただき基調講演をお願いしました。これをきっかけに県観光協会が制作したのが「岩手バリアフリー観光マップ(カラー冊子)」です。
作るにあたり、この時は現地調査を県と共同して行ないました。まず県の観光局が事前に連絡をしておいた観光地を、私達が調査する『予告調査』を行いました。翌年には連絡せずに調査に訪れる『突然調査』をおこないました。これは観光地の状況は時によって変わるだろうと判断したからです。
また「岩手バリアフリー・ガイド」を作成し、県外に配布しました。これは県の長寿社会振興財団から助成をいただきました。実際にはその金額よりも多くの広告料を企業からいただいています。企業のトップがアクセシブル盛岡の会員ですので協力依頼をしますと話が早いです(笑)。他にも県民のエッセイ集「こころの花しずく」なども自費出版しています。
最近の活動としては、先日4月の統一選挙の際、投票所のバリアフリー・チェックを行いました。50箇所の投票所を調査すると発表した所、急遽選挙の前日にスロープが設置された投票所もあったようです(笑)。次ぎは選挙事務所のバリアフリー・チェックを行おうかと話し合っています。立候補者は福祉、福祉と公言していますが、自分たちの事務所が2階であったりしていますので、皆さんの事務所はバリアフリーですかと問いかけたいと思っています。
浄土ケ浜についてお話しします。浄土ケ浜は宮古市にある美しい海水浴場で絶壁の下にあります。ここは環境保護のため一般車輌の乗り入れが禁止となっていますので、一般の人は駐車場に車を止めて長い階段を降りて行きます。バスとタクシーは入って行くことができます。車イスの皆さんは階段を降りて行くことが困難ですので、一般車輌の乗り入れ規制を行っている県警に交渉しました。最終的にはからだの不自由な方々の乗り入れを可能してもらいました。この時の警察本部の対応に時間が掛かり話しが進みませんでしたので、「この件について県警本部の見解をいただきたい。その見解に基づき私達は運動を起こしたいと思います。」とお話しした所、話しが進み車イスの方の規制は取り除かれました。一段落した後に県警本部から私達の会に『どうぞ、警察を脅さないように、、、』と云われました(笑)。私達は陳情書とか請願書などは出さないでこの様な直接行動による活動を推し進めてきています。その理由は要するに『面倒なことが嫌い』だからです。(笑)
一般の人達に理解してもらわないと、本当の社会認知にはならないと考えまして、一般向けの講演会も行っており、今までに草薙さんにはたびたびご協力をいただき、乙武洋匡さんが著書などでまだ有名になる前に講演してもらったこともあります。その時に私が乙武さんを演台に抱き上げて座っていただいたのですが、『乙武さんは私が唯一抱き上げた男です。』と今でも皆さんにお話ししています(笑)。
草薙さんと知り合って旅行についてお話を伺いました。私も元々旅行が大好きですので、障害を持った人の旅行を数多く企画しました。海外旅行のひとつの例として、「地球ピクニック in ハワイ」があります。これはJTB社の盛岡支店に主催してもらい、JATAも絡んでもらい盛岡市内のどの旅行会社からでも申し込みができる形にしました。段取りは草薙さんと盛岡支店の増沢さん(現JTB青森支店長)にやってもらいました。この旅行には56名(内27名の障害の方、内12名の車イス利用者)が参加しました。
沖縄に行きたいなと思ったら松本さん(現当勉強会運営委員)が沖縄に転勤されていましたのでこれは即OKでした(笑)。実は岩手県と沖縄県には特別の関係がありまして、昔岩手県が農業不作の時に沖縄の皆さんに助けてもらったことがあります。9.11の影響で沖縄は需要が落ち込んで苦しい状況と聞きましたので、『ガンバレ沖縄』をキャッチフレーズに増田知事(知事はたままた会員(笑))と勉強会の松本さんのラインでJTB社主催で、観光客が激減している時に実施しました。私もとても楽しい時を過ごさせていただきました。この時に人と人との繋がりが大切であると感じ、キーパースンがとても大切なことだと言うことを痛感しました。

何を目指してきたか

私達は一市民として生活をしている訳ですが、市民として高齢であろうと、障害を持っていようと、同じように生活できなければならないと思っています。たとえば障害を持っているために出掛けられないとか行けないのは、皆にとってとても不幸な社会と云えるのではないかと考えています。私達がやりたいこと、遊びたいことを誰でも、いつでも出来るために少しづつバリアーを無くして行こうと思っています。
岩手県は、四国4県と同サイズ程の面積の広い県です。人口は140万人と北海道に次いで全国レベルで1、2位と人口密度が低い県です。それだけ自然が沢山残されている県といえます。
この様に広い県ということもあり、アクセシブル盛岡だけの活動には無理がありますので、県内にアクセシブルの関連組織が9つ出来あがりました。それぞれの地域のアクセシブル・グループは、その地域の問題に取り組んでいます。それぞれは上部団体、下部団体という関係ではなく、横のつながりの組織で、年に1回集まって話し合うだけです。お互いに干渉せずにその団体独自の活動をしています。
例えばアクセシブル北岩手では産廃問題に取り組んでいます。全国で有数の産業廃棄場があります。北岩手のグループはその廃棄場の見学案内を行っています。アクセシブル北岩手を始める時に『こんなことをやっていいか』と問いかけがありましたので、自分達が大切だと考えることを活動すればいいと話ししました。  又、その他に東京支部や仙台支部があります。東京支部は、私が東京出張の時に草薙さんとお会いすることから始まりました。そして飲みます。その内に草薙さんの知合いも一緒に飲むことが始まりで、最初は10名くらいでしたが、今は40名くらいの人が集まりになっています。要は飲み会です(笑)。AMITA(Accessible Morioka In Tokyo Area)と読んでいますが、この様な活動で大切なことは人とのネットワーク作りだと考えています。
障害を持っている人達は、岩手の場合、すごく出会いが少ない世界ですし、広がりがあまりありません。私達の活動にはそれらの人々を巻き込んで行き、そのためのネットワークを作って、一般の人々と障害を持つ人々をつなげたいと考えています。私はホテルマンですので人と会うことが仕事ですから、人と会うとアクセシブル・グループに誘っています。
私達アクセシブル盛岡には会員名簿はありません。唯一発送用の住所シールがあります。住所シールを作って会報を送るわけです。その人は会員と思っていませんが、私達はもう会員と思っています(笑)。その人の都合のいい時に来てくれれば言い訳です。今までの活動で、まじめな会をやるとあまり集まりは良くありませんが、飲み会だと沢山集まります(笑)。私達の会はお祝い事が大好きでよくお祝い事の会をしますが、そうするとお祝い事にはひとが大勢集まります。
私達は企業のトップの方に声を掛けて会員になってもらいます。そうすることでその企業がバリアフリーに取り組むようになります。東北銀行のカウンターの工夫、岩手銀行の手話の出来る行員の配置、新しい店舗展開の時には車イス・トイレを必ず設置するコンビニエンス・ストアなどの例があります。
私達市民が取り組んでいるユニバーサル・デザインのイベントには250名の参加者が集まりましたが、その半分は県と市町村の行政の人々でした。岩手県とアクセシブル盛岡共同によるユニバーサル・デザイン・ワークショップを岩手で開いていますが、これから益々人材育成が必要であると考えいています。

私達の夢

バリアフリーと主張しなくてもあたりまえになって、アクセシブル盛岡の必要性がなくなった時に、アクセシブル盛岡を『単なる飲み会』にしたいと考えています。アクセシブル盛岡が時代に先駆け今まで云ってきたこと、行ってきたことが『そんなこと普通のことだよ、あたりまえのことだよ』と云わ云われるような社会になるまでは活動を続け様と思っています。岩手は面積は大きい県ですが人口的には小さな県です。盛岡について云いますと28万市民の都市ですので、顔のわかる社会にしたいです。理解しあうためには出会わなければならないと思いますし、そのための出会いの場がアクセシブル盛岡であり、出会って親しく話し合えるのが酒飲みの場ではないかと考えています。28万の市民皆がアクセシブル盛岡を知って、やろうとしていることが皆が判ればバリアーはなくなり、障害を持った人がいても当たり前の社会が出来てくると思います。そのためにはネットワークを広げて行きたいと思います。県内の九つのアクセシブル・グループの中にはNPO化を図る団体もありますし、アクセシブル盛岡のようにNPO化しないで、今のまま通り活動を続けるところもありますが、それぞれのグループ独自の考え方で活動を続けています。ありがとうございました。

この後に持参された10分程のプロモーシャナル・ビデオ『ユニバーサル・デザイン時代の観光』を見ながらバリアフリーに取り組む岩手県の観光地』を紹介されました。車イスの人のためのホテル対応(安比高原の貸し切り家族風呂の電動チェア、花巻温泉の車イス対応露天風呂など)、盲導犬同伴のレストランの対応、小岩井農場の映像などがあり、足のご不自由な方の露店風呂体験、大風呂体験などが映し出されました。
映像を見ながら石川さんが説明を加えて行きましたが、印象的な説明に「目の不自由な方がいらしたら声を掛けてください。そうすることで誰がどこにいるのかわかります」。また、「バリアフリーはどうしたらよいか判らないという人が多いですが、構えずに『どうぞ』のひとことが一番です」などなど石川さんの『思いやり』を最後まで感じさせていただく講演会でした。石川さんの一言、『たかが飲み会、されど飲み会』がとても印象的な一夜でした。

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