「もっと優しい旅への勉強会」定例会報告

1995年8月 定例会の報告
「高齢者の機能と交通の特徴」

講師:東京都老人総合研究所 生活環境部門室長 溝端 光雄氏

日時:1995年8月21日19時15分~21時15分

会場:JTB本社3階プレゼンテーションルーム

参加者:27名

7月1日に愛媛大学から東京都老人総合研究所へ移ってきました。普段、この勉強会で話されている障害者の旅行に関するお話からは少し違う視点になりますが、今回は加齢にともなう能力の低下と問題点についてお話をしたいと思います。

まず、静止視力ですが、加齢とともに静止視力は低下します。特に、60歳位から低下の度合いが大きくなります。接近する視標を視認する能力である動態視力は、静止視力以上に低下し、65歳以上では20歳代の半分となります。
※実際の交通場面では、自動車・自転車・歩行者など、速度の異なる様々な物体を正しく認知して運転する必要がある。

夜間視力は、一般に低照度(暗い)下や眩惑からの回復能力などで測定しますが、図示した60秒視力は、一定の明るさに順応させた後、暗い視標を見せ、その60秒後の平均視力を年齢階層別に測定したものです。これも20歳代の半分程度になります。
※夜間の運転の際に問題になると考えられる。

深径覚は、奥行き知覚(距離認知)の能力を見るもので、三棹並列法という方法(3本の棒の真ん中の棒が動いて、残り2本の棒と同じ位置になったと感じた時に反応させるもの)で測定します。実際のズレが2㎝以内を合格と見なしますが、50歳代を越えると、平均で視標のズレが5㎝でも同じ位置と見なしてしまいます。
※車間距離などの認知で問題を生じると考えられる。

それから、視野、周辺視野が狭くなってまいります。
さらに、知覚を通して得た視覚情報等は、神経回路を通じて脳中枢に送られ、ある種の判定処理が行われた後、再び神経回路を通じて筋運動に変換され、運転動作等に反映されます。こうした認知行動モデルをベースに、神経内の伝導速度を測ると、それは80歳を越えると低下します。また、筋力と関係する筋繊維の数も加齢に伴い減少します。ただ、トレーニングを行いますと、1つ1つの筋繊維が太くなりますから、筋力の低下はある程度防げることになります。
※見落とし等の認知エラーが原因と見なせる事故が高齢ドライバーでは多い。

身体重心の動揺を計測した結果を見ますと、体のバランス保持能力も加齢に伴って低下することが分かります。

以上が、加齢と低レベルの心身機能の関係について、幾つかの指標を示して、その事例を挙げたものです。次は、こうした機能の低下が、もう少し高度な認知判断といったレベルの機能に、どのように反映されるかをお話ししましょう。
例えば、試験走行路で実際の道路標識を使って認知判断させた結果について、お話しします。大きさ30㎝の文字の視認距離を昼夜別・老若別に示した結果では、夜間での視認距離が短く、高齢者の視認距離が多少短くなっています。加齢に伴い視機能が低下するので、もう少し老若差が出ても良いと思われますが、それほど出ておりません。しかし、標識を認知判断した結果としての、行動開始点と標識との距離を老若別に見ますと、標識タイプの違いによる差もありますが、高齢者の距離が短くなっています。つまり、高齢者の方がより標識に接近してから行動を開始する傾向が見られます。言葉を換えて言えば、これは、高齢者の方が、標識を読んで行動を決定するまでに時間がかかることを示しており、若い方との違いをなくすのであれば、標識の文字を大きくすれば良いかも知れません。
また、反応時間ですが、これには男女差がありますが、いずれの性においても加齢に伴い鈍くなります。反応する刺激の数を増した選択反応時間では、その時間は急速に増加します。

さらに、筋力等の低下が実際の運動、すなわち、歩行行動や自転車の運転、さらには自動車の運転行動に、どのように反映されるかについて知られている、幾つかの結果について、お話しします。
まず、歩行速度ですが、高齢者群の平均速度は秒速1m程度です。デパートで女性が買物される場合の速度は秒速0.8m、通勤時の歩行速度は秒速1.7~1.8m程度ですから、高齢者はかなり遅い。歩行者交通量の多い広幅員街路に設置されている歩行者信号機の青時間は、秒速1mを基準にしてきめられておりますから、半数の高齢者は青時間内に渡りきれないことになります。Young Old(65歳~74歳まで)とOld Old(75歳以上)の人口比率は、現在7:3で、Old Oldが少ないんですが、後少し致しますと、その比率が5:5、つまり、Old Oldが増加しますので、平均速度はより低下して、青時間内に渡りきれない高齢者が益々増えることになります。
また、一定の距離を一定の歩行速度で歩いてもらった場合、高齢者の心拍数は若い者より増加し、一定の心拍数になる作業を行った後で、その作業の疲労度を回答してもらうと、高齢者ほど疲れるようです。
歩行時の転倒では、加齢に伴い、手すりや歩行器の利用が増え、日常生活の活動制約が大きくなり、転倒率が高くなるようです。転倒原因では、心身上の原因を挙げる高齢者が多いが、その背景には物理的原因があるようです。
自転車の行動における特徴の1つは、後方確認をせず、「わが道を行く」という運転が高齢者に多いという点です。いま1つは、道路内での位置取りですが、高齢者ではフラフラと道路中央によって走る蛇行運転が目立ちます。
手動車いすと電動車いすを利用する高齢者の移動距離の頻度分布を見ますと、電動の場合に「5~10㎞」の距離帯にピークが見られます。通常、この距離はバスで移動する距離ですが、日本のバスが車いすで利用できないため、夜の間にしっかり充電した車いすで、車道を通行する高齢者が多いことを示しているものと考えられます。

高齢ドライバーの運転行動を分析しますと、高齢者は若い方に比べて、運転速度が低く、車間距離も長く取っており、安全ドライバーという面も窺われるけれども、走行位置が進行方向に向かって左に寄ります。片側2車線では、左の外側車線を利用するようです。さらに、狭い街路で対向車を回避して走る場合、その走行位置や運転速度の平均値には、老若差が認められませんが、走行位置や運転速度の散らばり(標準偏差)には違いがあり、高齢者の散らばりは小さいです。要するに、若い方は対向車を臨機応変に回避するのですが、高齢者はそれができないのです。高齢者は相手が回避してくれるのを待つ傾向が見られます。
どうやら、高齢者は、歩行時にも、自転車を運転する場合にも、そして自動車を運転する場合にも、若い方と比べて異なった行動をしているようです。
こうした高齢者特有の特性が交通事故統計の面に表れているかどうかを調べて見ますと、高齢ドライバーでは若いドライバーと比べて、交差点や右左折時での事故が多くなっていますし、交差点でも見通しの良い場所や変則交差している場所での事故が多くなっていますから、機能低下を事故発生と無関係であるとは言えないようです。
高齢ドライバーが危ないかどうかを見るため、年齢階層別の事故件数を集計し、それを年齢階層別のドライバー人口で割って事故率を出しますと、高齢者は極めて安全ドライバーとなります。しかし、高齢者では、退職に伴って運転距離が大きく減少しますので、単人口で割ったのでは事故率として適切ではないと考えられます。そこで、運転距離も加味してわり算を行いますと、高齢ドライバーの事故率は若い方に比べて数倍も高いという結果になります。それから、高齢ドライバーは運転経験年数が長いので、安全ドライバーであるという意見がありますが、免許の保有年数別に先ほどの事故率を求めてみますと、免許の保有年数の増大が事故率の低下を説明しないことも知られています。なお、最近の興味ある話題として、痴呆の高齢ドライバーによる事故も散見されているようですし、脳溢血の後遺症による視野欠落も指摘されています。
また、自転車や歩行者の事故では、事故申告がなされないケースが多く、正確な実態はつかめませんが、それらの統計に基づいて事故率を算出しても、高齢者の事故率が高いという同様の傾向が見られます。
国民総免許時代の中での高齢化に符合して、高齢ドライバーの事故は現在急増しておりますし、高齢者の痛ましい横断事故も少なくありません。人口の高齢化が交通面に及ぼす影響を正しく評価して、高齢者の特性を念頭に置いた適切な対策の1つである福祉インフラの整備を早急に実施する必要があります。

21世紀は目前です。単なる福祉機器の開発だけに止まらないで、道路や公共交通機関の改良、さらには住宅を含む公共的建築物の改善などの福祉インフラの整備を、どの程度まで、どんなプロセスで進めるかという枠組みを決め、総合的整合的に行う必要があります。そのためには、これまでの高齢者対策や障害種別毎に行われていた障害者対策のあり方を再検討すべきではないかと思います。加齢によって機能低下する高齢者も、移動制約の面では障害者に類似しているという点を認識し、全体人口に占める機能低下者の実数を、彼らの受ける制約に応じて、正しく把握する必要があります。その上で、種々の対策の受益者が誰なのかを明らかにした上で、諸対策の費用と効果を勘案すべきであると思います。

質疑応答

Q:高齢ドライバーの訓練の方法は?

A:運転免許センターでの更新の際に高齢ドライバーを対象にした講義型の講習は、いくつかの自治体で行われていますが、実技型の講習は行われておりません。また、科学警察研究所が開発した運転適性検査装置による更新検査も、高齢の更新者への自覚を促す形で実施されているにすぎません。従って、わが国の運転免許更新制度においては、2種免許の場合を除いて、更新者が簡単な静止視力の検査と手足の動作チェックをクリアすれば、免許の更新が行われているというのが現状です。
ドライバー人口が高齢化し、高齢ドライバーが加害者として関与する運転事故が急増している今日、従来の更新制度についても改善の余地があるように思われます。無論、直ちに免許の定年制のような免許制度は社会的に認知されないと考えられますので、欧米のような医師による適正診断を導入するかどうかは別としても、静止視力を含む幾つかの項目を調べる適性検査と、それに基づく実技型の運転教習制度の創設、さらには更新期間の短縮などの対策を検討すべきではないかと思います。

Q:個人差はどのくらいあるのか?

A:個人差は高齢者ほど大きい。統計的に言えば、様々な機能特性や運転特性における分散が、高齢者では大きいということです。逆に言えば、高齢者の中に、一般の交通の流れから外れる者が少なくないということなので、そうした方については運転上の制約も致し方ないのではないかと考えています。

Q:統計処理で高齢者を65歳以上と区切っているのは問題で、70歳位からが良いのではないか?

A:国や自治体の統計では、便宜上、65歳としている。学問的には、「何歳から高齢者なのか」という高齢者の定義に係わる極めて根本的な問題であり、明確に答えられません。私の行っている研究においても、今日提示した図面においても。年齢の区切りを1歳階級で取ったり、5歳階級で取ったりと、色々な区切りを使って分析しております。心身機能や生活機能には多様な指標があって、それらの指標が顕著に低下し始める年齢は、取り上げる指標によって、個人によって、あるいは生活習慣や生活環境によって大きく異なります。その意味で、答えられないと思います。ただ、従来の研究成果の多くが断面調査(ある時点において各年齢階級の特徴を調べるもの)の結果であるという点から言えば、追跡調査(極めて多数の方にご協力いただき、10~20年という長期にわたって、心身機能や生活機能の低下を調べるもの)を行えば、ある程度、分かってくるかも知れません。

Q:アルツハイマーは50歳でも発病する場合がある。一応の検査方法もあるが?

A:信頼に足るスクリーニングの方法がない。医師や保健サイドでの必要から考案された長谷川式痴呆スケールとか老研式スケールなどがあるが、それが免許更新の中で使えるかどうかが分かっていない。免許更新者の方々の協力を得ながら、そうしたスケール値と事故歴に関する個人データを蓄積して、その明確な関連が実証できれば、高齢者の問題ドライバーを除くことができるように思われます。

Q:高齢で、新たに免許を取得した人の問題点は?

A:自覚していれば大丈夫と思う。ここでいう自覚というのは、単に危ないから「ゆっくり運転しています」とか、「長い車間距離を取っています」とか言った程度のことを指しているのではありません。自分自身が知覚判断能力の低下した高齢ドライバーであることを認識し、あらゆる交通場面での防衛的運転に係わる技術をマスターしており、それができなければ運転をやめるという意思を持っている状態を自覚と言っております。できれば、1年に1度くらい、免許センターで運転適性検査を受けて、そのデータを保管し、それらを経年的に比較してみていただければ良いと思います。

Q:リフト付バスなどのパラ・トランジットを作る方法は?また、アメリカでは、そのパラ・トランジットが運行されているが、行政区域間での移動に際して困難があるが、どうしたら良いか?

A:トランジットとは、地域の不特定多数の方が使う公共交通のことで、通常、鉄道・バス・タクシーなどを指しています。従来のバスや鉄道では、1時間当たりの数千~数万人の大きな輸送力を持っているため、マス・トランジットと呼ばれています。パラ・トランジットとは、広い意味の公共交通の意味で使われる米語で、車いす利用者や虚弱高齢者を対象としたリフト付小型バス、カープールやバンプール(自動車の相乗り制度)、スクールバスなどの、ドア・ツー・ドアの移送手段を指しています。アメリカでは、過去のリハ法や最近のADAの施行に伴い、車いす利用者や虚弱高齢者を対象としたパラ・トランジットが、連邦補助や売上税などを原資として、カウンティベースで整備されております。ドイツのテレバス、イギリスのダイヤル・ア・ライドも、これに相当するものと思われます。こうした移送手段は、スペシャル・トランスポート・サービス(STサービス)という用語で総称されています。それから、カープールやバンプールという自動車の相乗り制度は、人口密度が希薄でコミュニティ意識の高い地域や企業単位で活用する場合には、実現可能と思われますが、もし東京のような大都市では、誰の自動車を使うとか、その負担はどうするのか、事故の発生した場合の補償はどうするかなど、その活用が極めて困難と思われます。
皆さんもご承知のとおり、パラ・トランジット(STサービス)なるものは、わが国には極めて少なく、公的に運行されているものと、行政補助などを受けながら私的に運行されているものとが散見される程度となっています。しかも、自由な移動目的で、ある程度自由に乗降できる形のパラ・トランジットとなると、殆ど無いのがわが国の現状ではないかと思っています。
障害者に移動の権利を補償し、足腰が弱って歩行の困難な高齢者の移動ニーズが増加することを年頭に置いて、日本版のパラ・トランジットを作るべきだと思います。そのためには、幾つかの方法があると思いますが、私は、厚生省や自治体の福祉局が、障害者の養護施設や更生施設などに配置してきた送迎バス、並びに高齢者のデイケアセンターに配置している送迎型バスなどを、統合して運行させる方法が、費用面でも人材確保の面でも、最も適切ではないかと思っています。四国の松山では、現在、そうした施設が抱える車両が地域全体で70数台あり、その内の半数以上の車両は、朝夕の一定の時間に行われる送迎目的の移動だけ利用され、それ以外の目的では使われておりません。東京でも、そうした実情にあると思われますので、できれば、そうした施設の責任者と行政、それに草の根的に運行しているボランティアとが同じテーブルについて論議して、その創設に向けて努力すべきと思います。

コメント:
溝端先生には、20ページ以上のデータをもとにしたテキストを作成していただきました。最新のデータをもとにしたお話には、今後の高齢社会への指針が多く含まれていました。「加齢に伴う課題はすべての人に共通するものです」という先生のお話は大変参考になりました。

(文責:草薙)

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