「もっと優しい旅への勉強会」定例会報告

1995年6月 定例会の報告

司会:檜垣晋一郎

日時:1995年6月17日 14:18~17:00

会場:大阪市立弁天町市民学習センター

参加者:51名

PartⅠ:「 もっと優しい旅への勉強会について」

もっと優しい旅への勉強会 代表 草薙 威一郎

みなさんこんにちは。本日はご参加いただきありがとうございます。

もっと優しい旅への勉強会は、東京で1991年の4月から、旅行会社の社員、弁護士、マスコミ関係者、障害をもつ人などが集まって、なぜ障害をもつ人が旅行に行けない社会環境があるのかを話し合うため、「誰でも自由にどこへでも」をスローガンに始めました。

勉強会は、毎月行う勉強会を中心に、分科会として、実際にいろいろな所へ行ってみる「日本列島遊び隊」、法律面からいろいろな問題を考える「学び隊」という活動を行っています。昨年2月には、「もっと優しい旅へのシンポジウム」を開催し、日本中からご参加をいただきました。

今回は、関西で一度行ってみたいと、アロハセブンの中田さんなどにご協力をいただきました。当初は3月に企画しましたが、阪神大震災を考慮して延期し、本日開催する運びとなりました。

こちらでも、今日の集まりをきっかけに同様の集まりを作るというお話をお伺いしていますが、全国的にみましても、札幌、盛岡、神奈川、名古屋、岡山、宮崎と同様な団体が活動しているとのことで、だれでも旅行に行きたいという気持ちが広がっていると思います。

国際的な動きについてご紹介したいと思います。「旅行に行くこと」についての意義づけは、「ノーマライゼーション」という、1950年代にデンマークで知的障害の子供と一緒に住みたいという考え方が提唱され、その中心であるバンクミケルセン氏は、1.住宅、2.日課、3.余暇活動を挙げました。つまり生活を楽しむことの重要性は50年代の末には提唱されていたわけですが、その点では日本での考え方は、30~40年遅れていると思います。

外へ出たいという希望は、生活の豊かさを実現するうえで、重要であり、スポーツや趣味を自由にできる環境を作ることでもあります。旅行を自由にしたいという希望は、各種の調査結果にもでできています。

「福祉のまちづくり条例」は、大阪府を始めとしていくつかの県や市で作られはじめています。建設省では、ハートビル法を昨年作りました。しかし、諸外国に比べれば15~20年は遅れていると思います。障害者が300万人弱、精神障害が100万人、てんかん患者が100万、そして高齢者も増えてきています。

運輸省の諮問機関の「観光政策審議会」が今年提出した提言の中でも、「すべての人に旅を楽しむ権利がある」とうたわれています。休みが取れない、体が不自由などの障害があるなしにかかわらず、旅は大事な機会であり、「高齢者・障害者の旅行促進と環境整備」では、

  1. 旅の重要性の啓発
  2. 宿泊施設が使いにくいなどのバリアの解消
  3. 教育や訓練を充実し、サービスの向上
  4. 情報提供のシステムの確立

などの、具体化が始まってきています。

諸外国の例では、アメリカではADAが施行され改善が進んでいます。ヨーロッパでは、各国がすべて旅行しやすいわけではありませんが、かなり以前から建築基準がつくられており、また、“TOURISM FOR ALL“という活動が、イギリスから88年~89年にかけて提唱され、EU(ヨーロッパ連合)内で広がってきています。施設の整備と情報の提供、進展状況のチェックと評価、優秀な施設の表彰などが行われています。アメリカでもこの1~2年でシンポジウムなどが開かれ、この様な運動が世界中で始まってきていると言えると思います。
今、日本でも、障害をもつ人の社会参加を促進し、声をまとめて、具体的なプログラムを作ることが求められていると思います。

PartⅡ:「私と旅行」

大野 雅雄

私自身は、中途失明による、視覚障害者です。現在は光が見える程度の視力になっています。まもなく40才になりますが、自分では若いつもりです。
旅行好き、冒険好きで、高校生のときには交換学生で海外へも行きました。少ない資金で、多くの体験をしたいからと、自転車にテントを積んで、アメリカ大陸を西から東へ走ったり、シルクロードを単独走破したこともあります。
近畿日本ツーリストに就職し、神田支店を始めに、難波支店では手配や発券を担当し、海外旅行担当として個人向けの販売の経験もつみました。
インドに添乗で出かけた時に、原因不明の熱病にかかり、帰国してから、熱による副作用で、視神経炎を起こして、失明いたしました。平成2年からは、勤務と平行して鍼灸の学校に通い、そして、平成4年に退職しました。近畿日本ツーリストでは16年間勤務しました。その後、昨年まで、病院に勤務をさせていただきましたが、やはり、根っからの旅行好きと、盲人つまり、鍼灸のイメージがいやで、今年から大阪市鶴見区にあります日本ライトハウスで、情報処理関係の勉強をさせていただいています。
皆さんの中で、もう、一人で旅行に行かれた事のある方は、何人くらいおられますか?障害があるから行けない、障害があるから行かない、障害があるからと引っ込み思案になっていませんか?今、現在の日本に、障害者の方は、何人くらいおられると思いますか?少し古い資料になりますが、私の手元にあります資料として、平成3年11月の国の調査でございますが、障害者の実態としては、日本での身体障害者の全体数は、次の様になります。

■294万8千人。(在宅数280万3千人)
280万3千人以外の人は、私の様に、訓練施設におられるか、盲老人ホームなどの施設に入所されている方です。

■内訳

  • 視覚障害者        35万6千9百人(12.7パーセント)
  • 聴覚・言語障害者    36万9千2百人(13.2パーセント)
  • 肢体不自由障害者   160万1千5百人(57.1パーセント)
  • 内部障害者        47万5千5百人(17.0パーセント)
  • 知的障害者・その他

となっています。これは、障害者手帳を、お持ちの方のみで、手帳をお持ちの方以外も含みますと、400万人は有におられると思います。視覚障害者の事で恐縮ですが、35万人余りの中で、点字の読める方は、3万人ちょっとしかおられません。ですから、情報の入手につきましても、ラジオとかテレビの音声やテープ雑誌と限られてきます。最近では、パソコン通信などによる情報の入手手段もありますが、利用している方はまだまだ少ない様です。今回の勉強会のテーマは、「誰でも、自由に、どこへでも」がテーマとなっていますが、本来、健常者でも障害者でも差別なく参加出来るのが本当なのですが、今までは、なかなか理解がありませんでしたが、旅行業界にもかなり変化が出てきました。今回お越しのアロハセブンさんを始め大手旅行会社でも、障害者に対しての理解のある旅行企画の実現や一般人と障害者の差別なく、ほとんどの旅行にも参加出来る様になって来ました。
障害者に対しての旅行企画もあり色々考慮されて来ています。募集パンフレットの点字化や音声化を始め、航空会社の全日空さん、日本航空さんの、手話サークルの皆さんの活躍や機内メニューの点字化などのサービスや、車椅子の方のリフトのサービスもより良くなって来ました。現地に着いてからも市内観光での視覚障害者の方へ、市内観光での車窓の景色を声にしての案内や、ホテルについても、エレベーターに近いお部屋の手配やエレベーターなどの点字表示のあるホテルの手配などを始め、肢体不自由の方には、スロープや手すりのあるお部屋の用意など、お部屋の電話やお風呂、シャワーなどについては、お客様にご理解いただけるまで、丁寧にご案内したりとこれまで以上に気配りされて来ています。
自由時間での過ごし方や、買い物についても、その都度相談に、乗っていただける様です。数年前から比べると飛躍的に進歩してきています。より新しい物への興味や、知識を身に付ける事が出来るのです。私自身も、障害をもってから体験しましたが、以前一緒に添乗した旅行の中に視覚障害の方がおられましたが、視覚で取れない情報は、他の聴覚・味覚・嗅覚・触覚を使ってより多くの事を、入手しようと思われるのです。健常者ではなにげなく通り過ぎる風景も、鳥の鳴き声が聞こえますが、何の鳥ですか?水の流れる音がしますが、大きな川ですか?小さな川ですか?花の匂いがしますねなどと、風景を楽しんでおられるのです。
肢体不自由の方とハワイの海岸を車椅子を押して散歩していてワイキキの浜辺で、海に足をつけてはしゃいでおられて、本当にこの旅行に、来て良かったと言われた時は、一緒に添乗させていただいて良かったと思いました。私が、以前担当していました、人工透析の旅行では、1年前から現地の病院との間で、透析のデータをやり取りすると共に現地に到着してからも、休憩の後、半数は市内観光に、半数は人工透析にと色々と、お疲れの出ない様に改善を行なって来ました。最近では、透析の時間も機械が良くなると共に、以前に比べると大変短くなって、お客様の疲れも少なくなると共に、有効に時間が使える様になって来ています。だんだんお客様も旅行なれしてこられて、出発の2、3週間前にならないとデータが送られて来ないで、旅行会社側の方が、心配するぐらいの方もおられたそうです。
旅行会社の方でも色々と、障害者の皆さんが、旅行しやすい様に改善されて来ていますが、やはり、すでに海外旅行に参加された皆さんのご意見などが非常に参考となりますので、どんどん旅行に行っていただきたいと思います。私自身も、その一員として、参加させていただき、旅行会社にいました頃の手配や添乗の経験を生かして、企画側の立場と、障害をもつ者の立場でないと分からない両方の視点から、これからの障害者の皆さんの旅行に対する今回のテーマである「誰でも、自由に、どこへでも」のテーマに沿ったものに、「いつでも」を加えて、高齢者である方・障害者である方のほうが自分の時間を楽しめる様な、自然な参加しやすい旅行の企画に協力させていただきたいと思います。
最後になりましたが、今回JATA(日本旅行業協会)の方もお見えと聞いていますが、11月にインテック大阪で、行なわれます、旅行博では、高齢者や障害者の方を対象としたブースも出来るとお聞きしています。高齢者や障害者への旅行への、ご理解がいただける様で、大変喜んでおります。本日のこの勉強会の後の受け皿としての、お客様からのお問い合わせなどについての、情報の提供への関連サービスをお願いいたしたいと思います。旅行会社に以前いました者からの立場から、ぜひ、日本旅行業協会さんの方に、点字プリンターを設置していただきまして、有料で結構ですので、代理店がフロッピーを持ち込みますと、案内パンフレットや、旅行日程表などを点字化していただける様なサービスを、実施していただけたらと思います。色々なエピソードなどもご紹介させていただきたいと思っていましたが、時間の関係もありますので、また、皆さんとお話しをさせていただく機会を楽しみにさせていただきます。本日は、大変ありがとうございました。

PartⅢ:「パネルディスカッション」

司会:谷口 明広 障害者自立生活問題研究所 所長
パネラー:亀山 英明 童夢KANSAI
パネラー:森下 薫 近畿日本ツーリスト(株) 大阪中央支店
パネラー:成瀬 史恭 空とぶ車イス・トラベルサロン 代表
パネラー:草薙 威一郎 もっと優しい旅への勉強会 代表

【谷口】

今年39才です。生れてすぐ障害をもちましたが、旅行が好きで、いつか添乗員になって、ただで旅行に行きたいと思っていました。小さい頃は十分に車いすもなかった時で、普通のいすに車をつけた程度でした。最近は、車いすが発達するとともに、派手になってきました。赤色や私の車いすのような紫などの色もあります。「遊ばなあかん時代」になってきて、「リ・クリエーション」から「レクリエーション」へと変ってきました。ちょっと休んで働こう、働かざる者食うべからずではなく遊ぶべからずという具合です。
昔新幹線に乗れないときもありました。親に背負われて国会議事堂を見学しました。結局赤絨毯が踏めませんでした。
1985年に「ミスタードーナツ」の障害者リーダーアメリカ留学の2期生として参加しました。電動車いすをもって行きたいと思いましたが、JALには、バッテリーは液がこぼれると機体が溶けるのでだめと断られ、ノースウエストを利用しましたが、直行便がなく、ハワイ乗換えで行きました。一緒に行った人が、いろいろなものをもって行ったのでとても大変でした。
旅のノーマライゼーションとは、好きな時に、好きな場所へ、好きな人と、好きな方法でいけることだと思います。この中で好きな方法というのが難しい。いつも決まった方法になってしまう。この4原則が達成できたらいいと思います。
 アメリカならトラックを捕まえて電動車いすでヒッチハイクもできますが、日本ではできません。こんなことをアメリカやヨーロッパに行って経験してきました。
今年の5月の連休にロス、サンディエゴなどへ行ってきました。希望を出せば、障害者で得することは一杯あります。座席手配の手配や、身障者室(通常料金でいい部屋へ泊れる)など。

【亀山】

大学を中退して海外に出ました。アメリカはすごいところだと聞いていたので、期待して行きましたが、点字ブロックが無かったので、がっかりしました。そのことを現地の友人に話したら、なんでそんなものが必要なのかと言われました。向うでは、障害者の人がいれば誰かが手を貸してくれるのだと知りました。海外は違う、いろいろなところに行っていろいろな経験をしました。日本では、障害者の亀山さんですが、アメリカでは、あなたがいて、障害がある。私は、片目が義眼ですが、視覚障害の旅行は何が楽しいかと言われます。でも見えなくても楽しめることはたくさんあります。今と違う空間、いろいろな人との出会い。障害があるということで、ちがう経験ができます。海外では、いろいろな人が声をかけてくれます。
ハワイへ行ったときに、聴覚障害の人と飲み歩いたこともあります。車いすを押していれば介助しているように見えます。普通に見られ、気楽に話しかけられます。自分が自分でいられると思いました。
 障害者が普通に行かれるツアーの企画をしてほしいとおもいます。障害者自身も自分たちも楽しんでいいという自覚がほしいと思います。旅行会社は営利を追求すべきですし、障害者自身も、お金を払うのですから権利の主張をしていいと思います。障害者の旅行は始まったばかりです。今は、なかなか参加者が集まらなくてもこれから、旅行にでかけるようになってくると思います。
ADAについて一言述べますが、福祉的なツアーは考慮されていないと思います。どこに行っても情報障害があります。肢体障害の人にとっては、思った所へ行けるようになりましたが、視覚障害の人にはまだまだ不十分です。自分たちで何が必要か言っていく、当事者の発言が重要です。
いろいろな旅行がある。安くていろいろなところへ行くのが主流だが、出会いをもとめていきたいと思います。

【森下】

近畿日本ツーリストに勤務していますが、会社に入って20年になります。1980年から、年10回程度障害者の方とツアーを行っています。今年の1月に東京での勉強会でお話しをする機会がありましたが、同じ趣旨をもつ人とお会いすることができて、とても楽しかったです。
障害者旅行のすばらしさ、障害者のすばらしさを感じています。今日も大勢の人とお会いできて、大変心強いです。
障害をもった人の魅力にひかれて、いろいろな人とお話し、おつき合いをしています。障害者の旅行は、なかなか広がっていきませんが、広げて行く必要があります。できることは、絶対やってほしいと思います。
グランドキャニオンにも車いすトイレがありますし、ホテルもアクセシブルルームが用意されています。

【成瀬】

空とぶ車イストラベルサロンで、旅行相談をしています。近年の障害者旅行の傾向は、より障害の重度の人、重複の人が旅行に行くようになったことだと思います。
旅行に関する情報は、十分に活用して、十分な認識で出かけてほしいと思います。この会場にくるまでも、新幹線は楽でしたが、地下鉄の本町駅では階段がたくさんあり、大変でした。
ニューヨークでは、リフト付路線バスが普及し、ワシントンでは、地下鉄にエレベーターが完備されており、便利になっています。
アメリカでは、障害者の設備に関して、たとえば航空機の機内用車いすは、自分から主張しないと用意してくれませんし、各地でアピールをしないと、教えてくれないところがあり、国民性の違いを感じました。
今までの相談の経験をまとめて、事例集(定価300円)を作りました。お買上げの上、ご一読いただければと思います。

【草薙】

会場においでの方をご紹介したいと思います。JATA(日本旅行業協会)の関西支部の岡本さん、西宮のメインストリーム協会の廉田さん、全日空のスチュワーデスの川崎さんです。
JTBでは、経営企画チームの中に、ノーマライゼーション担当の部署を設けました。近畿日本ツーリストさんでも企業文化企画部を設けられました。障害をもった方の個人旅行は行きやすくなりましたが、これからは、団体旅行の促進も必要だと思います。また、情報の整理も重要です。社員教育も重要ですが、JTBでは、実際に障害者の人と一緒にツアーをして、介助の実際の体験教育を実施しました。JATAでは、障害者旅行研究会が設けられ主催旅行のガイドラインが検討されています。 今年の4月に千葉の幕張メッセで開かれました「旅フェア‘95」には、障害をもつ人の旅行に関する「ぼらんたび」ブースを出展しました。サービスを提供する人と受ける人の話し合う場所をつくる切っ掛けとなればと思います。また、今年の11月に大阪で開かれる展示会にも出展が検討されています。

【谷口】

だんだん旅行会社を選べる時代になってきた。障害者の旅行は儲かるという認識を高めていかなければと思います。お金をためこんでもしようがない。この会場に集まった人は、一年に一回は旅行にでかけるようにしましょう。

質疑応答

Q:旅行と移動の話を聞いた。私は、この会場に来るJR弁天町駅にあったスロープを広げる運動をしたが、マスコミの関心が低かった。発表者の意見は、個人が旅行に行く意欲をもち、行動して問題解決を図って行くという趣旨だが、旅行会社は実際に改善運動をしている市民団体と協力ができるのか?

A:利用者の声を伝えることはできるが、運動として一緒に行動するということは、営利を目的としている以上限界はある。労働組合なり、社員教育などでの個人レベルの努力はできると思うが。(草薙)

Q:障害者の旅行に際しては、健康状態(診断書の提出)を聞かれる例があるが、そのこと自体が不安をあおって、ブレーキになる。特に海外に出す診断書は英文などで苦労する。健常者で聞かないことを障害者に聞くことはおかしい?

A:海外の航空会社でも診断書の提出をもとめる事例は多い。障害者だから病気になりやすいという根拠はあまりないと思うが。
「必要なことだから」ということについては、なぜ必要なのかということを説明することが重要。間に入る旅行会社の担当者も納得して手続きをする必要性がある。(森下)

最近は診断書を取らなくなってきている。(成瀬)

ページの先頭に戻る